サウンド・オブ・サイレンス 歌詞の意味・和訳

時代背景は1960年代のアメリカにおけるカウンターカルチャー

『サウンド・オブ・サイレンス』(The Sound of Silence/The Sounds of Silence)は、サイモン&ガーファンクルが1964年に発表した楽曲。

オリジナル盤は商業的に失敗したが、オーバーダビング盤が1966年にヒットし、1967年のアメリカ映画「卒業」で挿入曲として用いられた。

サウンド・オブ・サイレンス The Sound of Silence

曲名や歌詞の意味については様々な解釈が可能と思われるが、ウィキペディア英語版の解説によれば、1960年代のアメリカにおけるカウンターカルチャーが時代背景として指摘できるようだ。詳細は後述する。

【YouTube】The Sound of Silence Version Original 1964

歌詞の意味・和訳(意訳)

『The Sound of Silence』

作詞・作曲:ポール・サイモン(Paul Frederic Simon/1941-)

Hello darkness, my old friend
I’ve come to talk with you again

Because a vision softly creeping
Left its seeds while I was sleeping

やぁ暗闇 我が懐かしき友よ
また君と話しに来たんだ

なぜかって 予見さ
ふとひらめき 残された種
僕が寝ている間に

And the vision that was planted
In my brain still remains
Within the sound of silence

その予見は 頭の中に残り続ける
静寂の世界の中で

In restless dreams I walked alone
Narrow streets of cobblestone

‘Neath the halo of a street lamp
I turned my collar
to the cold and damp

途切れることない夢の中で一人歩く
石畳の狭い通りを

街灯の明かりの下で
じめじめした寒さに襟を立てた

When my eyes were stabbed by
The flash of a neon light
That split the night
And touched the sound of silence

突然視界をさえぎる
ネオンライトの輝きが
夜を引き裂き
静寂の世界に触れた

And in the naked light I saw
Ten thousand people, maybe more

People talking without speaking
People hearing without listening

まばゆい光の中 見たものは
1万もの人々 たぶんそれ以上

人々は話している 喋ることなく
人々は聞いている 耳を貸すことなく

People writing songs
that voices never share
And no one dared
Disturb the sound of silence

人々は歌を書いている
誰に聞かせるでもない歌を
そして誰一人として
この静寂の世界を破ろうとしない

“Fools”, said I, “You do not know
Silence like a cancer grows

Hear my words
that I might teach you
Take my arms
that I might reach you”

「愚か者たちよ」僕は言った
「君たちは知らない
静寂は癌のように広がる事を

聞いてくれ 僕の言葉を
君らへ伝えるから
僕の腕をつかんで
君らへ届かせるから」

But my words,
like silent raindrops, fell
And echoed in the wells of silence

だけど僕の言葉は
音のない雨のように こぼれ落ちて
静寂の井戸にこだました

And the people bowed and prayed
To the neon god they made

And the sign flashed out its warning
In the words that it was forming

人々は頭を垂れて祈る
自らが作り出したネオンの神に

ネオンサインは警告を照らし出す
それが形作る文字で

And the sign said:
“The words of the prophets are
Written on the subway walls
And tenement halls
And whispered in the sound of silence.”

それはこう伝えていた
「預言者の言葉は刻まれる
地下鉄の壁や
安アパートの玄関に
そして囁かれる
静寂の世界で」

ウィキペディア英語版の解説

ウィキペディア英語版「The Sound of Silence」では、歌詞の「sound of silence」という言葉の意味合いや時代背景などについて、次のように解説されていた。

The "sound of silence" is symbolically taken also to denote the cultural alienation associated with much of the 1960s. In the counterculture movements of the 1960s, the phrase “sound of silence” can be compared to other more commonly used turns of phrase such as “turning a deaf ear” often associated with the detachment experienced with impersonal large governments.

この解説によれば、「sound of silence」という言葉は、1960年代のアメリカにおけるカウンターカルチャー運動の中で、大国の大きな政府に対する不信感や、運動の担い手である若者らが既存社会に対して抱く疎外感などの象徴として用いられているという。

カウンターカルチャーとは?

カウンターカルチャーとは、既存の価値観や行動規範に基づく主流社会の文化(メインカルチャー/ハイカルチャー)とは大きく異なり、それら主流の文化的慣習に反する対抗文化のこと。サブカルチャー(下位文化)の一部。

『サウンド・オブ・サイレンス』が関連するのは、1960年代のアメリカにおけるカウンターカルチャーの流れ。ヒッピーやロック、反戦運動、公民権運動、農業回帰運動などが代表的。

アメリカでのカウンターカルチャーは、キューバ危機(1962年10月)、ベトナム戦争、ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺(1963年11月)などが大きなきっかけとなり、1970年代前半まで続いた。

ポール・サイモンは『サウンド・オブ・サイレンス』の他にも、『スカボローフェア』の詠唱部分の歌詞や、フォルクローレ『コンドルは飛んでいく』につけた独自の歌詞の中で、こうしたカウンターカルチャーの時代を反映した表現を行っている。

グリーン・グリーンも同時代

ちなみに、サイモン&ガーファンクル以外にも、1960年代にリリースされたアメリカの楽曲には、カウンターカルチャーという時代を背景とする歌詞が用いられている作品が散見される。

例えば、「ある日パパと二人で語り合ったさ」の日本語歌詞で知られる『グリーン・グリーン』の原曲や、ボブ・ディラン『風に吹かれて』(Blowin' in the Wind)も、『サウンド・オブ・サイレンス』と同じ時代背景をもつ楽曲といえる。

こうした楽曲を比較しながらそれぞれの歌詞の意味を見てみると、何か面白い発見に出会えるかもしれない。

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