フォスターと同時代のアメリカを生きた
ヘンリー・クレイ・ワーク

19世紀アメリカ民謡の父 フォスター特集

大きな古時計 [Maxi]

フォスターの生きた19世紀半ばといえば、対英戦争、対墨戦争、南北戦争など、国家の内側と外側で戦争ばかり行われていたまさに激動と波乱の時代。

このような目まぐるしい国内情勢の中で、フォスターは一人作曲活動に打ち込んでいた。

ちょうど同時代のアメリカでは、19世紀アメリカを代表する作曲家ヘンリー・クレイ・ワークも数多くの歌曲を創作・発表していた。

彼の代表作といえば、日本でも有名な「大きな古時計(Grandfather's Clock)」、「ジョージア行進曲(Marching Through Georgia)」、「Ring the Bell, Watchman!」などが広く知られている。

H・C・ワークはフォスターより6歳年下

H・C・ワークが生まれたのは1832年、スティーブン・フォスターが生まれたのが1826年ということで、H・C・ワークはフォスターの6歳年下ということになる(参照:フォスター歴史年表)。

二人の場所は多少離れていて、フォスターは南部と北部の真ん中あたりのペンシルヴェニア州ローレンスヴィル、H・C・ワークが生まれたのはニューヨーク州に近いコネティカット州のミドルタウン。ただ、フォスターは1860年頃からニューヨークに移り住んでいたことから、彼らは意外に近くで生活していたのかも知れない。

奴隷制度反対運動に深く関わったH・C・ワークの父

H・C・ワークは北部州出身ということに加えて、彼の父親が熱心な奴隷制度反対活動を行っており、その影響を受けてか、H・C・ワークも反対運動に協力的な立場をとっていたようだ。この点、フォスターも北部州出身であり、若い頃に黒人奴隷を用いた綿花工場の検査員として働いていたこともあってか、フォスターも黒人奴隷問題には同情的な立場を見せている。

The Underground Railroad

H・C・ワークの場合は、父親の活動がかなり積極的なものだったようで、黒人奴隷のカナダへの逃亡を助けるグループ「地下鉄道(the underground railroad)」に所属していたことで知られている。

彼の家をその活動のために提供するなど、まさにabolitionist(奴隷廃止主義者・アボリショニスト)として本当に熱心に活動していたようで、その父親から受けた影響は相当大きいものがあっただろう。

ちなみに、有名なアボリショニストといえば、『ドナドナ研究室 リパブリック讃歌 歴史編』で登場するジョン・ブラウンを忘れてはならない。ジョン・ブラウンの身を挺した活動は、アメリカ歌曲『リパブリック讃歌』の歌詞にも暗示的に歌いこまれている。

クリスティーミンストレルズとも関係があったH・C・ワーク

H・C・ワークは、シカゴで印刷技師として働きながら、23歳のときに仕事の傍ら作曲活動をはじめた。初めて出版された曲は「We Are Coming, Sister Mary"」という曲で、後にクリスティー・ミンストレルズの大事なレパートリーの一つとなった。

クリスティー・ミンストレルズといえば、「ミンストレル・ショー」のページでも触れているように、フォスターがクリスティー・ミンストレルズのリーダーといくつか契約を交わして曲を提供していたグループ。こんなところでもフォスターとH・C・ワークのつながりを発見できるとはなかなか興味深い。

ちなみに、『グリーン・グリーン』をリリースしたアメリカの「ニュー・クリスティー・ミンストレルズ」は、このクリスティー・ミンストレルズから名前を取ったもの。

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