ベートーヴェンとイギリス
民謡・国歌の変奏曲・編曲集について

イギリスと交流のあったベートーヴェンによる民謡・歌謡集

18世紀頃のイギリスは、ハイドン、ヘンデル、モーツァルトといったドイツ・オーストリア系の作曲家らと積極的に交流を深めており、ドイツの作曲家であるベートーヴェンもイギリスの音楽関係者と度々やりとりをしている。

ベートーヴェンとイギリスとの音楽的な交流で特に有名な作品としては、ロンドンのフィルハーモニック協会から依頼された『交響曲第9番』があるが、ここではベートーヴェン作品としては若干マイナーなイギリス民謡・国歌の編曲・変奏曲集について触れていきたい。

なお、歴史的にはフランス革命戦争(1792-1802)とナポレオン戦争(1803-1815)が関連している。

イギリス国歌の主題による7つの変奏曲

イギリスの楽譜商・民謡収集家のジョージ・トムソンからの依頼で1803年に作曲された。原題は『7 Variationen über "God save the King"』WoO.78。

当時はイギリス国王ジョージ3世(George III/1738–1820)の時代なので、イギリス国歌のタイトルは『ゴッド・セイヴ・ザ・キング God save the King』となる。

1792年に勃発したフランス革命戦争では、イギリスは1793年に第一次対仏大同盟を結成してフランスへ宣戦。1802年3月には講和条約「アミアンの和約」が締結され、1年あまりの停戦状態に入った。

ベートーヴェンが『イギリス国歌の主題による7つの変奏曲』を作曲したのは、おそらくこの講和条約による一時的な停戦期の頃で、イギリスの国威発揚のために作曲依頼されたものと推測される。

ルール・ブリタニアの主題による5つの変奏曲

18世紀イギリスの古い愛国歌『ルール・ブリタニア Rule, Britannia!』を主題に用いたベートヴェンによる変奏曲集(WoO.79)。

前述のイギリス国歌と同じくジョージ・トムソンからの依頼で1803年に作曲された。こちらもフランスとの戦争を意識した国威発揚のための楽曲と思われる。

ちなみに、ベートーヴェンは同時期に交響曲第3番「英雄(エロイカ)」を作曲しており、同曲はフランスのナポレオンに捧げられる予定の曲だったとの説がある。

ベートーヴェンは当時、フランスと敵対するイギリスの国歌・愛国歌を扱いながら、他方ではフランスの英雄にインスピレーションを受けた作品を創作するという、二重外交的な複雑な立場にあったのかもしれない。

ウェリントンの勝利

1813年6月21日、ナポレオン戦争の一局面であるビトリアの戦い(Batalla de Vitoria)でイギリス・スペイン連合軍がフランス帝国軍に勝利。

イギリス軍を率いたウェリントン侯爵を讃えるべく、ベートーヴェンは交響曲『ウェリントンの勝利 またはビトリアの戦い』(作品91)を作曲した。

その後ナポレオン戦争は1815年「ワーテルロー(ウォータールー)の戦い」でフランスの決定的敗北により終結している。

アイルランドの歌 WoO.152-154(1813年)

ナポレオン戦争でイギリス軍が勝利した1813年頃になると、ベートーヴェンはイギリスのジョージ・トムソンから再び依頼を受け、今度はアイルランド、スコットランド、ウェールズといったイギリス周辺国の民謡を編曲した作品を数多く手がけるようになる。

『25のアイルランドの歌』WoO.152、『20のアイルランドの歌』WoO.153、『12のアイルランドの歌』WoO.154と、ベートーヴェンは立て続けに50曲を越えるアイルランド民謡・歌謡を編曲していった(いずれも1813年の作品)。

ちなみに、「WoO」とは「作品番号無し」を意味するドイツ語「Werke ohne Opuszahl」の略。英語では「Works without opus numbers」。

交響曲第7番 第4楽章とアイルランド民謡

1813年に初演されたベートーヴェン『交響曲第7番』第4楽章における第1主題のメロディについては、『12のアイルランドの歌』に収録された『Save me from the grave and wise』から影響を受けているとの説があるようだ。

ウェールズの歌 WoO.155(1814年)

1814年にはグレートブリテン島の南西に位置するウェールズ民謡・歌謡の編曲集『26のウェールズの歌』(WoO.155)がベートーヴェンによって作曲されている。

7つのイギリスの歌 WoO.158b(1816年)

1816年に編曲された『7つのイギリスの歌』(WoO.158b)は、アイルランドやスコットランドなどに比べても曲数が少なめ。

掲載曲も今日ではまったく演奏機会がない曲ばかりなので、当時広まっていた大衆歌の楽譜集であったのかもしれない。

スコットランドの歌(1818年)

スコットランド民謡・歌謡に関して、ベートーヴェンは1818年に『25のスコットランドの歌』Op.108、『12のスコットランドの歌』WoO.156を編曲している。

後者の曲集には、日本でも有名なスコットランド民謡『蛍の光 Auld Lang Syne』が収録されている。

ヨーロッパ各国の歌

ベートーヴェンはイギリス関係国以外のヨーロッパ諸国に関しても、その民謡・歌謡を編曲した作品を残している。

『12の各国の歌』WoO.157(1815年)、『6つの各国の歌』WoO.158c(1817年)、『23の各国の歌』WoO.158a(1818年)などが今日確認されている。

ドイツ、チロル地方、スイス、ポーランド、スペイン、ポルトガル、スウェーデン、ロシアなど、ヨーロッパ各国の歌謡・民謡が取り上げられているが、多くの曲が現代ではほとんど演奏機会がない。

なお、『23の各国の歌』に収録されている『美しいミンカ Schöne Minka』については、当サイトでウクライナ民謡として紹介している。ベートーヴェンは、同曲を独立したモチーフとして『美しいミンカの主題による変奏曲』を作曲している。

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