小学唱歌集 原曲の外国民謡

西欧の民謡をカバーした明治時代初期の翻訳唱歌集

明治時代初期に刊行された音楽教科書「小学唱歌集」では、欧米列強の進んだ音楽教育を取り入れるべく、ドイツやスコットランドなどの外国民謡を原曲とする海外由来の唱歌が数多く取り入れられた(いわゆる「翻訳唱歌」)。

このページでは、「小学唱歌集」に掲載された外国民謡由来の唱歌のうち、現代でも歌われる有名な唱歌をピックアップしてご紹介したい。

小学唱歌集 原曲の外国民謡

なお、太字の曲名は現代における曲名であり、その下の説明文では「当時の曲名」、その次に原曲名を記載している。

ちなみに、1910年(明治43年)には、日本の音楽家が一から作曲した唱歌集『尋常小学唱歌』が誕生しており、現代でも有名な唱歌が数多く掲載されている。詳細はこちら「尋常小学唱歌 有名な唱歌 文部省唱歌」を参照されたい。

小学唱歌集 初編 明治14年(1881年)

小学唱歌集の実物

写真:小学唱歌集の実物/出典:北さん堂雑記)

むすんでひらいて
当時の曲名『見わたせば』/原曲:讃美歌『Lord, dismiss us with Thy blessing』
ちょうちょう
『蝶々』/原曲:ドイツ歌謡『Hänschen klein』
蛍の光 ほたるのひかり
『蛍』/原曲:スコットランド民謡『Auld Lang Syne』
スコットランドの釣鐘草
『うつくしき』/原曲:スコットランド民謡『The Blue Bells of Scotland』
美しいドゥーン川の岸辺
『思ひいづれバ』/原曲:スコットランド民謡『Ye Banks and Braes』

小学唱歌集 第二編 明治16年(1882年)

霞か雲か かすみかくもか
同上/原曲:ドイツ歌曲『Alle Vögel sind schon da』
あの雲のように(人生を楽しみたまえ)
『年たつけさ』/原曲:ドイツ歌謡『Freut euch des Lebens』
リンカンシャーの密猟者
『遊猟(ゆうりょう)』/原曲:イングランド民謡『The Lincolnshire Poacher』
神の御子は今宵しも
『榮行く御代(さかゆくみよ)』/原曲:イングランド讃美歌『O Come, All Ye Faithful』

小学唱歌集 第三編 明治17年(1884年)

あおげば尊し
『あふげバ尊し』/原曲:アメリカ歌謡『Song for the Close of School』
アニーローリー
『才女』/原曲:スコットランド民謡『Annie Laurie』
庭の千草
『菊』/原曲:スコットランド民謡『The Last Rose of Summer』
野ばら(ヴェルナー)
『花鳥』/原曲:ドイツ歌曲『Heidenröslein』

なぜスコットランド民謡が多いの?

「小学唱歌集」が出版された明治初期当時の一般的な日本人にとっては、西洋音楽の音階や調性はあまり馴染みがないものだった。

そのため、欧米列強の音楽教育をそのまま取り入れても、多くの日本人にとってその習得は非常にハードルが高い状況にあったと言える。

そんな中、『蛍の光』などのスコットランド民謡は、ペンタトニック・スケール(Pentatonic scale)と呼ばれる五音音階が用いられており、これは日本の雅楽や民謡などの一部にも見られる「ヨナ抜き音階」と同じであったため、明治時代の音楽教育に最適な教材として積極的に用いられた。

これが、明治初期の「小学唱歌集」において、スコットランド民謡を原曲とする唱歌がが多い大きな理由と考えられる。

中学校向けの音楽教科書は?

「小学唱歌集」の出版後、東京音楽学校の編纂によって、1889年に『中等唱歌集』、1901年に『中学唱歌』、1909年に『中等唱歌』が出版され、尋常中学校向けの音楽教科書が整備されていった。

翻訳唱歌であった「小学唱歌集」と同じく、『中等唱歌集』でも海外の民謡やモーツァルトの楽曲などの西洋音楽が積極的に取り入れられた。

『中等唱歌集』に収録された唱歌としては、イギリス歌曲(オペラのアリア)『Home, Sweet Home』を原曲とする『埴生の宿(はにゅうのやど)』が有名。

ちなみに、『中等唱歌集』、『中学唱歌』が編纂された当時、東京音楽学校には瀧廉太郎(たき れんたろう)が在籍していた。

瀧廉太郎の代表曲『荒城の月』および『箱根八里』は、この『中学唱歌』向けに作曲された作品である。

日本独自の唱歌誕生は明治末期

海外の楽曲を原曲とする翻訳唱歌ではなく、日本の音楽家が一から作曲した唱歌集が誕生するのは、1910年(明治43年)の『尋常小学読本唱歌』以降の事。

1911年(明治44年)以降の『尋常小学唱歌』には、『春が来た』、『春の小川』、『かたつむり』など、現代でも広く知られる日本の代表的な唱歌が掲載されている。

ちなみに、「文部省唱歌」という用語は、この『尋常小学読本唱歌』以降の唱歌を指す。「小学唱歌集」などの翻訳唱歌は「文部省唱歌」には含まれない。

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