夏は来ぬ

日本の歌曲/卯の花の匂う垣根に ホトトギス早も来鳴きて

『夏は来ぬ(なつはきぬ)』は、作詞:佐佐木信綱、作曲:小山作之助により1896年に発表された日本の歌曲。

作詞の佐佐木信綱(ささき のぶつな/1872-1963)は、和歌の創作・研究に功績を残した歌人。古典文学の研究や註釈、復刻にも力を尽くした。

写真:卯の花(ウツギの花)

作曲の小山 作之助(こやま さくのすけ/1864-1927)は、日本の教育者・作曲家。東京音楽学校(現在の東京藝術学校)を卒業後、教授補助として学生の指導、音楽の研究や作曲に熱心携わった。

1897年(明治30年)には教授に就任。1903年(明治36年)に同校を退職後、かつての教え子の面倒を見たり、文部省唱歌の作曲をするなどしていた。1904年(明治37年)には、ヤマハ楽器の顧問となるなど、生涯を音楽教育・音楽活動に捧げた。

歌詞の意味は?

『夏は来ぬ』の歌詞を見てみると、古典文学者により作詞された19世紀の古い歌曲ということもあってか、普段聞きなれない若干堅めの表現が多用されている。曲への理解を助けるため、分かりにくい単語・歌詞について簡単に補足してみたい。

1番の歌詞:ホトトギスと卯の花

1番の歌詞で冒頭に登場する「卯の花(うのはな)」。これは初夏に白い花を咲かせるウツギの花を指す。旧暦の4月(卯月)頃に咲くことから「卯月の花」=「卯の花」と呼ばれた。

「忍音(しのびね)」とは、その年に初めて聞かれるホトトギスの鳴き声を指し、『古今和歌集』や『枕草子』などの古典文学作品にも登場する古語の一つ。

2番の歌詞:山村の田植え

『夏は来ぬ』2番の歌詞では、山村での田植えの様子が描写されている。さみだれ(五月雨)とは、旧暦の5月頃に降る雨を意味する。五月(さつき/皐月)は田植えの月として「早苗月(さなえつき)」とも呼ばれた。

「早乙女(さおとめ)」とは田植えをする女性、裳裾(もすそ)とは衣服のすそ、「玉苗(たまなえ)」は、「早苗(さなえ)」と同様、苗代(なわしろ、なえしろ)から田へ移し植えられる苗を意味している。

3番の歌詞:「蛍雪の功」

3番の歌詞では、まずミカン科の柑橘類の一種であるタチバナ(橘)が描かれる。『古今和歌集』でも取り上げられ、「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(よみ人しらず)などと詠まれた。

歌詞の後半で「蛍飛びかい  おこたり諌(いさ)むる」とあるが、これは中国の故事「蛍雪の功(けいせつのこう)」からヒントを得た表現であろう。故事によれば、灯りの油も買えない貧しい青年が、本を読むために、蛍を数十匹捕まえて袋に入れ、その灯りで勉学に励んだという(冬は雪明り)。

『夏は来ぬ』の歌詞においては、「蛍雪の功」の故事を暗示しながら、夏の夜も怠らず勉学に励めと、飛び交う蛍にまるで諌められているかのような表現となっている。

4番の歌詞:農村の夕暮れ

冒頭の「楝(おうち)」とは、夏に花をつける落葉樹のセンダン(栴檀)を意味する。水鶏(クイナ)は、古典文学にたびたび登場するヒクイナ(下写真)を指していると思われる。

ヒクイナの鳴き声は戸を叩くようにも聞こえることから、古典文学では「くいな」、「たたく」、「門」、「扉」などの単語と関連付けられて用いられてきた。一例を挙げると、紫式部 『源氏物語・明石』では「くひなのうちたたきたるは、誰が門さしてとあはれにおぼゆ。」、松尾芭蕉「此宿は水鶏も知らぬ扉かな」などと詠まれている。

5番の歌詞:総まとめ

『夏は来ぬ』最後の節では、1番から4番までの歌詞で登場した既出の単語をまとめて再登場させ、歌全体を締めくくるような構成がとられている。初夏に関連する季語をズラっと並べて、様々な風物詩を通して夏の訪れを豊かに表現している。

日本の民謡・童謡・唱歌 歌詞と視聴

【試聴】夏は来ぬ

歌詞 『夏は来ぬ』

卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ホトトギス) 早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ

さみだれの そそぐ山田に
早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ

橘(タチバナ)の 薫る軒端(のきば)の
窓近く 蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる 夏は来ぬ

楝(おうち)ちる 川べの宿の
門(かど)遠く 水鶏(クイナ)声して
夕月すずしき 夏は来ぬ

五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
水鶏(クイナ)鳴き 卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす 夏は来ぬ