唱歌『港』 歌詞の意味・舞台

空も港も夜ははれて 月に数ます船のかげ 寄せくる波も黄金なり

「空も港も夜ははれて」が歌い出しの『港(みなと)』は、1896年(明治29年)発表の日本の唱歌。作詞:旗野十一郎、作曲:吉田信太。

当時の曲名表記は『湊』。その後『港』に改められ、昭和22年発行の音楽教科書「三年生の音楽」では平仮名表記の『みなと』となり、同時に林柳波によって二番の歌詞が改作された(詳細は後述)。

写真は、唱歌『港』の舞台・モデルとされる広島市の暁橋(あかつきばし)から見た広島湾の風景(出典:Taisyo@Wikipedia)。

明治時代の唱歌なので、歌詞には若干難解な表現や単語が見受けられる。唱歌『港』の歌詞とその意味や舞台について、簡単にまとめてみた。

【試聴】 港 文部省唱歌

歌詞

空も港も 夜ははれて
月に数(かず)ます 船のかげ
端艇(はしけ)の通い にぎやかに
寄せくる波も 黄金(こがね)なり

林なしたる ほばしらに
花と見まごう 船旗章(ふなじるし)
積荷(つみに)の歌の にぎわいて
港はいつも 春なれや

歌詞の意味

「月に数(かず)ます 船のかげ」とは、月明かりの下で次々と集まってくる多くの船の様子を表している。

端艇(はしけ)とは、大型船に貨物や乗客を運ぶ小舟のこと。

宗像大社秋季大祭 みあれ祭

「林なしたる ほばしらに」とは、たくさんの船が集まって来て、それぞれの船が掲げる帆柱(ほばしら)がまるで林のように並び立っている様子を意味している。

写真:令和元年 宗像大社秋季大祭 みあれ祭(出典:福岡県宗像市レストラン・ハイポーWebサイト)

林柳波の改作による二番の歌詞

昭和22年発行の音楽教科書「三年生の音楽」では、詩人の林 柳波(はやし りゅうは/1892-1974)によって、二番の歌詞が次のとおり改作された。

響く汽笛に 夜は明けて
いつか消えゆく 空の星
大漁の歌も 勇ましく
朝日を浴びて 船帰る

<引用:林 柳波『みなと』二番の歌詞より>

ちなみに、林 柳波が作詞を手掛けた童謡としては、「海は広いな大きいな」が歌い出しの『海』が特に有名。

日本初のワルツ

ネットを検索すると、唱歌『港』は「日本初のワルツ」として紹介されているのを見かけるが、これは具体的にどういうことだろうか?

確かに、唱歌『港』が発表された1896年(明治29年)以前にも、小学唱歌『野ばら(ヴェルナー)』や『年たつけさ(あの雲のように)』のように、ワルツ調の唱歌は既に日本で歌われていた。

しかし、これらの唱歌はヨーロッパの楽曲に日本語の歌詞を当てはめただけの和洋折衷なもの。

これに対して、唱歌『港』は、メロディについても日本人が新たに作曲を行った独自の唱歌であり、日本人の作詞・作曲による三拍子の唱歌ということで「日本初のワルツ」の称号が得られたようだ。

ただ、三拍子だからと言って必ずしもワルツであるとは限らず、唱歌『港』より後の時代に作曲された『美しき天然(天然の美)』がワルツとして作曲された「日本初のワルツ」として紹介されることも少なくない。

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