ちんちん千鳥 歌詞の意味

ちんちん千鳥は 親ないか 夜風に吹かれて 川の上

『ちんちん千鳥』は、1921年(大正10年)に雑誌「赤い鳥」で発表された北原白秋による童謡。近衛秀麿や成田為三らが同じ詩に曲をつけている(近衛版が有名)。

その前年には、雑誌「少女号」で童謡『浜千鳥(はまちどり)』が既に発表されており、『ちんちん千鳥』も同曲の影響を受けていると思われる。

ハジロコチドリ

北原白秋が作詞した『ちんちん千鳥』の歌詞の意味ついて、いくつかポイントとなるワードについて解説・補足してみたい。

合わせて、『浜千鳥(はまちどり)』と『ちんちん千鳥』の歌詞の違いについても若干解説を行う。

写真:ハジロコチドリ(出典:Wikipedia)

【試聴】ちんちん千鳥 北原白秋/近衛秀麿

歌詞(近衛秀麿版)

ちんちん千鳥の 啼(な)く夜(よ)さは
啼く夜さは
硝子戸(ガラスど)しめても まだ寒い
まだ寒い

ちんちん千鳥の 啼く声は
啼く声は
燈(あかり)を消しても まだ消えぬ
まだ消えぬ

ちんちん千鳥は 親ないか
夜風に吹かれて 川の上
川の上

ちんちん千鳥よ お寝(よ)らぬか
夜明の明星が 早や白む

<注:作曲者によって繰り返し部分の有無が異なる>

「夜さ」と「よさこい」

「啼く夜さは」の「夜さ(よさ)」とは、夜・晩を意味する古語で、「夜さり」ともいう。

高知県の民謡『よさこい節』や「よさこい祭り」の「よさこい」は、「夜さり来い」(意味:夜にいらっしゃい)が変化したものと考えられている。

「親ないか」について

「ちんちん千鳥は 親ないか」については、前年に発表された『浜千鳥(はまちどり)』の歌詞でも、千鳥が親を探して鳴く様子が描写されており、千鳥は親と離れ離れになるイメージが共通している。

一体なぜ、千鳥は親とはぐれた鳥として描写されるのだろうか?

その答えは、千鳥の鳴き声にあると考えられる。千鳥は古来、野山や水辺に群れる小鳥たちを一般的に指してきた呼称だ。

フエコチドリ

写真:フエコチドリ(出典:Wikipedia)

小鳥の鳴き声と言えば、「小鳥はとっても歌が好き♪」の童謡『ことりのうた』の歌詞にもあるように、「ち」の音で「ちちち」や「ちいちい」と表現される。この「ち」の音は、「ちどり(千鳥)」の「ち」の語源・由来にもなっているという。

ここで、「ちち」という鳴き声の表記をよく見ると、ある単語を思い出さないだろうか?

そう、この「ちち」という鳴き声は、「父(ちち)」と音が同じなのだ。千鳥は「ちち、ちち」とまるで父を探して鳴いているように聞こえるため、千鳥は親とはぐれた鳥であるとのイメージが出来上がっていると考えられる。

ちなみに、童謡『浜千鳥(はまちどり)』では、上述の「ちち」という鳴き声のほかにも、作詞者が幼い頃に両親と生き別れになったという実情が歌詞に強く投影されているように感じられる。

「川の上」について

「夜風に吹かれて 川の上」の「川の上」については、月夜の浜辺を舞台とした既存の童謡『浜千鳥(はまちどり)』との差別化的な配慮が感じられる。

つまり、『ちんちん千鳥』の舞台は「海」ではなく「川」であると明確にしておくことで、既存の曲との明らかな競合をある程度避けようとする意図が読み取れる。

ちなみに、万葉集や拾遺集などの古い和歌集では、千鳥は「川」の小鳥としてもよく詠まれている。

「お寝らぬか」の意味

「お寝(よ)らぬか」とは、「(まだ)寝ないのだろうか?」といった意味。

「寝る」の尊敬語「御寝る(およる)」の連用形に、打消の助動詞「ず」の連体形と係助詞「か」が続いたもの。「~ぬか」は打消し疑問の連語としても使われる。

ちなみに、三番の歌詞の「親ないか」の「おや」と、四番の「お寝らぬか」の「およ」は、「おや」と「およ」で発音が近い。おそらく頭韻を踏むような意識があったと推測される。

同様に、四番の「早や白む」の「はや」も「おや」や「およ」と音が近い。

夜明けの明星

「夜明けの明星」とは、日の出前に東の空に輝いて見える金星のこと。「明けの明星(あけのみょうじょう)」と呼ばれることが多い。

歌詞では、日の出前に見える金星が「早や白む」として、夜明け近くまで千鳥が鳴いていたことを表現している。

ちなみに、日没後に西の空に明るく輝く金星は「宵の明星(よいのみょうじょう)」と呼ばれる。

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