よさこい節

土佐の高知の はりまや橋で 坊さんかんざし 買うを見た

『よさこい節』は、古くから伝わる高知県民謡。「よさこい」の意味・語源・由来については、「夜に来い(夜さ来い)」、「ヨイショコイ」、「よってらっしゃい」など諸説ある。

歌詞は多種多様な替え歌が存在しているが、『よさこい節』の代名詞とも言える特に有名な歌詞は次のとおり。

「土佐の高知の はりまや橋で 坊さんかんざし 買うを見た よさこい よさこい」

女性が髪を結う時に使う「かんざし」をお寺の僧が買っていたというこの『よさこい節』の歌詞は、江戸時代の末期(安政)に起きた、竹林寺の僧・純信と美しい娘・お馬との道ならぬ恋の物語が元となっている(詳細は後述)。

歌の舞台となった「はりまや橋(播磨屋橋)」は、江戸時代の豪商・播磨屋と櫃屋(ひつや)の行き来のために私設された小さな橋。高知の中心部の道路沿いに位置しており、観光バスでは付近を通過する際に観光名所の一つとしてバスガイドによる解説がなされる。

代表的な歌詞

土佐の高知の はりまや橋で
坊さんかんざし 買うを見た
よさこい よさこい

御畳瀬(みませ)見せましょ 浦戸を開けて
月の名所は 桂浜
よさこい よさこい

言うたちいかんちゃ おらんくの池にゃ
潮吹く魚が 泳ぎより
よさこい よさこい

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かんざしを買ったのは誰? 駆け落ちの経緯は?

『よさこい節』の歌詞に登場する「坊さん」とは、高知県高知市五台山にある真言宗の寺院・竹林寺(ちくりんじ)の僧。竹林寺は文殊菩薩を本尊とし、お遍路さんが巡拝する霊場・四国八十八箇所(お四国さん)における第三十一番札所としても知られる。

江戸時代末期(安政)の頃、この寺には、鋳物の修理・修繕を行う鋳掛屋(いかけや)の娘・お馬(当時17歳)が、僧たちの洗濯物を届けに出入りしていた。寺の僧たちの中には、煩悩を捨て清き心で仏に仕える身でありながら、若くて美しいお馬に心を奪われてしまう者もあらわれた。

その「お馬に心を奪われた僧」というのが、『よさこい節』でも歌われた「坊さん」であり、はりまや橋で髪飾り(かんざし)を買ったのは、美しい娘・お馬の気を引くため、ということである。

挿絵:純信とお馬

お馬に恋をした僧・純信と慶全

かんざしを買った寺の僧とは誰なのか、駆け落ちの経緯などについては諸説あるが、この点については竹林寺の脇寺・妙高寺の僧、純信と慶全の二人の名前が登場する。純信は住職(または指導的立場)、慶全は若い修行僧であった。

最終的にお馬と駆け落ちをするのは純信という点に異説はないようだが、そこに至る経緯の説明が確定的ではなく、解説によって様々なバリエーションが散見される。

多くの説明では、最初に慶全がお馬と恋仲になり、寺の戒律に触れて慶全は追放され、のちにお馬は純信に心惹かれ、最終的に二人は駆け落ちするというストーリーとなっている。

駆け落ちの経緯については、シンプルに「純信がかんざしを買い、それが町中の噂になってしまったため」とする説や、本当は慶全が買ったが、追放された慶全が純信を逆恨み(嫉妬)して「純信が若い娘にかんざしを買っていた」と噂を広め、純信を立場的に追い詰めたという説明などがあるようだ。

駆け落ちは失敗 追放される二人

道ならぬ恋にすべてを捨て駆け落ちをした純信とお馬だったが、関所破りで間もなく捕えられ、二人は別々の場所へ追放されてしまう。後に純信は再度お馬を連れ出そうと騒動を起こすものの、再び捕まり伊予へ追放。その後二人は二度と会うことはできなかった。

お馬はやがて須崎・池ノ内の大工・寺崎米之助と結婚。明治18年には東京・滝野川に移り住み、60年の生涯を静かに閉じた。

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