南国土佐を後にして 歌詞の意味 よさこい節

思い出します 故郷の友が 門出に歌った よさこい節を

『南国土佐を後にして』(なんごくとさをあとにして)は、1959年にリリースされたペギー葉山のヒット曲。作詞・作曲:武政英策。

発売から1年でミリオンセラーを記録し、同年末のNHK紅白歌合戦に本曲で出場を果たした。大ヒットにあやかって同名の日活映画も製作され、ペギー葉山も本人役で出演している。

桂浜 かつらはま 高知県

写真:高知県の名所・桂浜(かつらはま)出典:Wikipedia

原曲は、戦時中に出兵で高知を離れた兵士らが創作した曲だったが、戦後の集団就職で高知を離れる若者たちの心境を歌った内容に改められている。

歌詞には、高知県に古くから伝わる『よさこい節』のフレーズがいくつか引用されており、はりまや橋や桂浜など高知県の名所も登場する。

具体的にどの部分が『よさこい節』のフレーズなのか、『南国土佐を後にして』の歌詞の意味を補足しながら解説してみたい。

【試聴】 南国土佐を後にして ペギー葉山

一番の歌詞について

『南国土佐を後にして』一番の歌詞では、高知の伝統的な民謡『よさこい節』や、名所・はりまや橋(播磨屋橋)などのキーワードが登場する。

播磨屋橋(はりまや橋)

写真:復元された播磨屋橋(はりまや橋)出典:Wikipedia

南国土佐を あとにして
都へ来てから 幾年(いくとせ)ぞ
思い出します 故郷の友が
門出に歌った よさこい節を
土佐の高知の 播磨屋橋(はりまやばし)で
坊さん簪(かんざし) 買うを見た

<引用:『南国土佐を後にして』一番の歌詞より>

「都へ来てから 幾年ぞ」の歌詞は、上述のとおり高知から集団就職で上京した若者たちの境遇が描写されている。

高知民謡『よさこい節』から引用されている歌詞は次のとおり。

土佐の高知の 播磨屋橋(はりまやばし)で
坊さん簪(かんざし) 買うを見た

<引用:高知民謡『よさこい節』より>

女性が髪を結う時に使う「かんざし」を、お寺の僧が買っていたというこの『よさこい節』の歌詞は、江戸時代の末期(安政)に起きた、竹林寺の僧・純信と美しい娘・お馬との道ならぬ恋の物語が元となっている。

詳細は、高知民謡『よさこい節』ページの解説を参照されたい。

二番の歌詞について

『南国土佐を後にして』二番の歌詞では、月の名所として知られる桂浜(かつらはま)が題材となっている。坂本龍馬の銅像でも有名。近くに水族館もある。

高知市浦戸に位置する桂浜

写真:高知市浦戸に位置する桂浜(出典:Wikipedia)

月の浜辺で 焚火(たきび)を囲み
しばしの娯楽の 一時(ひととき)を
わたしも自慢の 声張り上げて
歌うよ土佐の よさこい節を
みませ見せましょ 浦戸をあけて
月の名所は 桂浜

<引用:『南国土佐を後にして』二番の歌詞より>

月夜の桂浜 日本百名月

写真:月夜の桂浜(出典:日本百名月)

高知民謡『よさこい節』から引用されている歌詞は次のとおり。

御畳瀬(みませ)見せましょ 浦戸をあけて
月の名所は 桂浜

<引用:高知民謡『よさこい節』より>

御畳瀬(みませ)と浦戸は桂浜周辺の地名。「みませ」と「見せま」の発音が近く洒落のような歌詞になっている。

三番の歌詞について

『南国土佐を後にして』三番の歌詞では、かつて捕鯨が行われていた室戸(むろと)がテーマとなっている。近年では、室戸はホエールウォッチングやイルカウォッチング、イルカふれあい体験などの観光産業も盛ん。

室戸岬

写真:室戸岬(むろとみさき)出典:Wikipedia

国の父さん 室戸の沖で
鯨釣ったと いう便り
わたしも負けずに 励んだ後で
歌うよ土佐の よさこい節を
いうたちいかんちや おらんくの池にゃ
潮吹く魚が 泳ぎよる
よさこい よさこい

<引用:『南国土佐を後にして』三番の歌詞より>

マッコウクジラ

写真:マッコウクジラ(出典:Wikipedia)

高知民謡『よさこい節』から引用されている歌詞は次のとおり。

いうたちいかんちや おらんくの池にゃ
潮吹く魚が 泳ぎよる
よさこい よさこい

<引用:高知民謡『よさこい節』より>

「いうたちいかんちや」とは、「何を言ってもダメだよ」の意味。歌全体の意味としては、「何を言っても高知の海には勝てないよ。だってウチの池(高知県沿岸)には、潮吹く魚(クジラ)が泳いでいるんだから!」という地元自慢の歌になる。

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