後ろの正面だあれ? 歌詞と解説

後ろの正面だあれ? 歌詞と解説

かごめかごめ以外でも歌われた古い遊び歌・わらべうた

「後ろの正面だあれ?」と歌って遊ぶ日本のわらべうたといえば『かごめかごめ』が有名だが、他にもこのフレーズで同様の遊び方をする童謡・わらべうたが存在する。

ここでは、わらべうた『坊さん坊さん(ぼんさん ぼんさん)』と、民俗学者の柳田國男が子供の頃に歌っていたという『中の中の小仏』を紹介してみたい。

なお、江戸時代中期の『かごめかごめ』の歌詞には、「後ろの正面だあれ?」という歌詞は存在しておらず、どうやら明治時代以降に追加された歌詞(遊び方)だったようだ。

思うに、初期の『かごめかごめ』は、現代に伝わる『なべなべそこぬけ』と同じ方向性の遊び歌だったのではないかと推測される。

写真の出典:lisa_katagiri@Deskgram

坊さん坊さんどこいくの?

「後ろの正面だあれ?」で遊ぶわらべうた・遊び歌としては、『かごめかごめ』以外には、『坊さん坊さん(ぼんさん ぼんさん)』が最も有名と思われる。

坊さん 坊さん どこ行くの
わたしは田んぼへ 稲刈りに
わたしも一緒に 連れしゃんせ
お前が来ると 邪魔になる
このかんかん坊主 糞坊主
うしろの正面だあれ

かごめかごめ』とは遊び方が若干異なり、輪の中の子供と交互に問答を繰り返す形式で、中の子供を触るなどの物理的な接触もあるようだ。

関連ページ:『坊さん坊さんどこいくの?

中の中の小仏(こぼとけ)

日本民俗学の開拓者・柳田 國男(やなぎた くにお/1875(明治8年)-1962)の著書「こども風土記(ふどき)」によれば、「後ろの正面だあれ?」と歌う遊び歌・わらべうたについて次のように解説している。

六十年も前に私などが唱えていた詞(ことば)は、

中の中の小坊(こぼう)さん なァぜに背が低い
親の逮夜(たいや)にとと食くうて それで背が低い

(中略)
大阪でも東京でも、そのあとに添えて、「うしろにいる者だァれ」または「うしろの正面だァれ」といって、その児の名を当てさせるものが多かった。

<引用:柳田 國男「こども風土記」より>

「中の中の小坊さん」の部分は、「中の中の小仏」や「まわりのまわりの小仏」とも歌われる。

「親の逮夜(たいや)」とは親の命日、「とと」は魚のこと(祝い事の日に食べる)。

中の中の地蔵さん

また、柳田 國男「こども風土記」は同署の中で、「中の中の小坊さん」の他県での歌われ方を次のように取り上げている。

山梨県ではそれをまた、

中の中の地蔵じぞうさん

とうたい、その「中の地蔵」が後ろで周囲の子の頭を叩たたきまわって、

外の外の小僧ども なぜ背が小さいな

云々(うんぬん)といっていたそうである。茨城県で地蔵遊びといったのもこれで、一人をまん中にかがませて目かくしをさせ、周囲の輪の子どもが廻りながら、やはり「なぜに背が低い」を唱える。そうしてその運動を止めるや否や、中の地蔵が一人をとらえてだれさんと名をあてる。

<引用:柳田 國男「こども風土記」より>

これはいわゆる「地蔵遊び」と呼ばれる子供の遊びの一つで、地方によっては、現代の「こっくりさん」のように、地蔵役の子供を憑代(よりしろ)とした降霊・口寄せ(くちよせ)の儀式としても行われていたという。

最後に

「後ろの正面だあれ?」で遊ぶわらべうた・遊び歌は、『かごめかごめ』以外にもいくつか存在しており、日本各地で歌われていたようだ。

現代では、「後ろの正面だあれ?」といえば、ほぼ『かごめかごめ』一択になってしまっているが、それはいつ頃からの傾向なのだろうか?

上述のとおり、江戸時代中期の書籍に記された『かごめかごめ』の歌詞には、「後ろの正面だあれ?」のくだりはなく、明治以降に追加された部分のようだ。

とすれば、明治以降の時代の変化が現在の『かごめかごめ』成立に何か影響を与えている可能性があり、それは国家神道の推進と何か関係があるのではと勝手に想像しているが、この辺はさらなる研究の進展を待つ必要がありそうだ。

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