ショロム・セクンダ ドナドナ作曲者

美声ボーイソプラノ歌手からニューヨークの職業音楽家へ

ショロム・セクンダ(Sholom Secunda/1894-1974)は、『ドナドナ』、『素敵なあなた』などの代表曲で知られるウクライナ系ユダヤ人作曲家。

幼い頃からユダヤ教の会堂シナゴーグ(synagogue)で歌い手(カントル、カンター)として活動していたショロム・セクンダは、その音楽的才能と美しいボーイソプラノでたちまち評判となり、ウクライナ各地の合唱団から引く手あまたの人気少年歌手となった。

歌い手としてショロム・セクンダが得た報酬は、金額的には決して大きいものではなかったが、政治的な理由により不安定な生活を余儀なくされていた彼の家族にとっては、非常に大きな助けとなったようだ。

家族でニューヨークへ移住

1907年、ショロム・セクンダが13歳前後の頃、彼の美しいソプラノボイスの評判を聞き、ニューヨーク在住の音楽マネージャーが彼にアメリカでの活動を提案した。

本人だけでなく家族も一緒にアメリカへ移住するよう勧められ、移住費用はすべてマネージャーが負担してくれるという好条件もあり、ショロム・セクンダ家族たちは、新天地アメリカでの新たな生活を選択した。

声変わりでソプラノボイスに限界

ニューヨーク市ロウアー・イースト・サイド(Lower East Side)に移り住んだショロム・セクンダは、各地で精力的に歌い手としての活動を続けていたが、身体的に第二次性徴期を迎えており、声変わりによって自慢のソプラノボイスに陰りが見え始めていた。

少年合唱での活動に限界を感じていたショロム・セクンダは、ニューヨークの音楽学校で本格的な音楽理論を学び始め、働いていた劇場では合唱団員としてだけではなく作曲家として携わるようになっていった。

作曲家として幅広く活動

20歳頃には最初の作曲作品を初演。作曲家としての経験を積み重ね、20代後半には合唱指導者や音楽ディレクター、編曲・オーケストレーションなど、音楽活動の幅を順調に広げていった。

30代半ばのショロム・セクンダの代表曲『素敵なあなた Bei Mir Bist Du Schön』は、1932年にブルックリンのパークウェイ・シアター(Parkway Theatre)で上演されたミュージカル向けに作曲された作品。アンドリュー・シスターズの歌で大ヒット曲となった。

また、有名な『ドナドナ』は、1940年に上演されたミュージカル「Esterke エステルケ」の挿入歌として作曲された楽曲。やがて1960年代のフォーク・リバイバル時代にジョーン・バエズのカバーで有名になった。

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