シューベルトの子守歌 歌詞の意味・和訳

眠れ眠れ 母の胸に/なぜドイツ語の歌詞に「墓」が?

「眠れ眠れ 母の胸に」の歌い出し(日本語版)で知られる『Wiegenlied』(ヴィーゲン・リート/子守歌)は、シューベルトが19歳の時(1816年)に作曲した子守歌

日本では『シューベルトの子守歌』として親しまれ、日本語の歌詞(訳詞)も存在する(詳細は後述)。

原曲の歌詞については、同じくシューベルト歌曲『死と乙女』の原詩で知られるドイツの詩人マティアス・クラウディウス(Matthias Claudius/1740–1815)の名前があがることがあるが、彼の作品集の中に該当する作品は見つかっていないようだ。

シューベルトが15歳の時に亡くした母親(マリア・エリザベート・フィーツ)への思いが込められた歌曲と解説されることがあるが、ドイツ語の原詩を見てみると若干雰囲気が異なっていることが分かる。

なんと、原詩の一つの解釈として、この曲は生まれてまもなく亡くなった赤ん坊に「安らかに眠れ」と歌うレクイエム(鎮魂歌)だったのではないか、というストーリーが考えられるのだ(詳しくは後述する)。

まずはドイツ語の原詩と日本語訳、メロディを掲載するので確認していただきたい。2番の歌詞から唐突に雰囲気が一変していく。

【YouTube】シューベルトの子守歌 原曲(ドイツ語)

歌詞(ドイツ語)・日本語訳(意訳)

1.
Schlafe, schlafe, holder süßer Knabe,
Leise wiegt dich deiner Mutter Hand,
Sanfte Ruhe, milde Labe,
Bringt dir schwebend dieses Wiegenband.

眠れ 眠れ 愛しい我が子
母の手で揺られながら
優しき眠りへ 穏やかなまどろみへ
母のゆりかごの中で

2.
Schlafe, schlafe in dem süßen Grabe,
Noch beschützt dich deiner Mutter Arm,
Alle Wünsche, alle Habe
Faßt sie liebend, alle liebewarm.

眠れ 眠れ 心地よい墓の中で
今も母の腕に護られながら
すべての望みも すべての持ち物も
愛おしく抱きしめ とっておこう

3.
Schlafe, schlafe in der Flaumen Schoße,
Noch umtönt dich lauter Liebeston,
Eine Lilie, eine Rose
Nach dem Schlafe werd' sie dir zum Lohn.

眠れ 眠れ 綿のふところで
愛の調べに包まれて
一本の百合と 一本の薔薇
眠りの後のご褒美よ

亡くなった赤ん坊へのレクイエムだった?

ドイツ語の原詩における2番の歌詞では、「墓」を意味する「Grabe」(Grab/グラーブ)、英語で言うところの「grave グレイヴ」という単語が登場する。

生まれたばかりの赤ん坊を寝かしつけるはずの子守歌の歌詞に、「死」を意味する「墓」という単語が使われるのは強い違和感がある。

この点に関しては、千葉大学 法経学部の山科 高康教授が、論説の中で次のように述べている。

シューベルトの有名な子守歌にGrab(墓)という不吉な単語が使われている…子守歌に墓ということばが現れること自体、常人の考えるところでは普通ではない。

千葉大学 経済研究 第12巻第4号(1998年3月)
山科高康 論説「墓と百合と薔薇」より引用

三番の歌詞にある「Eine Lilie, eine Rose 一本の百合と一本の薔薇」という表現も、キリスト教的には「墓」と関連付けられる。山科教授による論説の中では、次のようなグリム童話のくだりが引用されていた。

王子がまいそうされると、お墓のいっぽうのがわにバラがはえてきて、もういっぽうのがわには、ユリがはえてきました。

グリム童話「子供のための聖人伝説」第4話より

このグリム童話は、天国にいきたがっていた王子の話である。バラとユリがはえてきたという文章によって、王子が天国にいくことができたことが暗示されている。山科教授は「百合と薔薇は、神の恩寵の証し」と述べている。

「墓・百合・薔薇」といったキーワードから、『シューベルトの子守歌』は、亡くなった赤ん坊がが天国へ行けるよう願うレクイエムだったと解釈することができそうだ。

その穏やかなメロディは「死」の悲しみではなく、天国での安息や神の祝福を表す慈悲のメロディであり、天国という死後の安らぎを歌った究極の「子守歌」だったのではないだろうか?

18~19世紀頃のヨーロッパは、衛生状態や医療水準も現代と比べれば格段に低く、伝染病なども深刻で、子供が幼くして亡くなることは珍しくなかった(むしろ多かった)。

キリスト教圏においては、亡き我が子が天国へ行けるように、神の祝福が受けられるようにと、死後の安らぎを願う歌曲の存在理由があったように思われる。

ちなみに山科教授は同じ論説の中で、「百合と薔薇」は女性の乳房の暗喩であり、子供は死んでいないという解釈も成り立つと述べている。

日本語の歌詞・訳詞(内藤濯 訳)

【YouTube】シューベルトの子守歌

『シューベルトの子守歌』の日本語歌詞(訳詞)として、最も有名と思われる内藤濯(ないとう あろう)による訳詞を次のとおり引用してみたい。

ねむれねむれ 母の胸(むね)に
ねむれねむれ 母の手に
こころよき 歌声に
むすばずや 楽しゆめ

ねむれねむれ 母の胸に
ねむれねむれ 母の手に
あたたかき その袖(そで)に
つつまれて ねむれよや

ねむれねむれ かわいわく子(ご)
一夜(ひとよ)寝(い)ねて さめてみよ
くれないの ばらの花
開くぞや まくらべに

ねむれねむれ 母の胸に
一夜寝ねて 起きてみよ
かおりよき ゆきの花
におうぞや ゆりかごに

有名なのは、冒頭の「ねむれねむれ 母の胸(むね)に ねむれねむれ 母の手に」の部分で、それ以降はあまり知名度は高くないように思われる。

訳詞を手掛けた内藤 濯(ないとう あろう/1883-1977)は、『星の王子さま』の翻訳で知られる日本のフランス文学者。日本に初めてフランス人作曲家のクロード・ドビュッシーを紹介した人物。

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