花(春のうららの隅田川) 瀧 廉太郎
歌詞の意味と由来/歌曲集『四季』より
「春のうららの隅田川」が歌い出しの『花』は、瀧 廉太郎(滝 廉太郎)作曲の歌曲集『四季』の第1曲。作詞:武島羽衣。
歌曲集『四季』には、第1曲『花』の他にも、第2曲『納涼』、第3曲『月』、第4曲『雪』があるが、第1曲『花』があまりにも有名になり過ぎたせいもあってか、他の3曲が演奏されることは今日ではほとんどない。
三番の歌詞では、中国由来の故事成語「春宵一刻値千金」(しゅんしょういっこく あたいせんきん)の内容が反映されている。歌詞の意味は後述する。
【YouTube】瀧 廉太郎『花』
歌詞
春のうららの 隅田川
のぼりくだりの 船人が
櫂(かい)のしづくも 花と散る
ながめを何に たとふべき
見ずやあけぼの 露(つゆ)浴びて
われにもの言ふ 桜木(さくらぎ)を
見ずや夕ぐれ 手をのべて
われさしまねく 青柳(あおやぎ)を
錦おりなす 長堤(ちょうてい)に
くるればのぼる おぼろ月
げに一刻も 千金の
ながめを何に たとふべき
一番の歌詞の意味
「うらら」とは、空が晴れて、日が柔らかくのどかに照っているさま。うららか(麗らか)。
「櫂(かい)」は、船を漕ぐ道具。オール。
「花と散る」は、花びらのように散る。ここでは「花」は桜か。
「何にたとふべき」は、何にたとえたらいいだろうか、といった意味。
源氏物語「胡蝶」の和歌
一番の歌詞は、源氏物語「胡蝶」の巻で詠まれた次のような和歌が元になっている。
春の日の うららにさして 行く船は 棹のしづくも 花ぞちりける
<紫式部>
和歌の意味:春の陽がうららかに射す中、棹をさして(掛詞)行く舟は、そのしずくも花が散る様のようだ。
二番の歌詞の意味
「見ずや」は、「(こんな素晴らしい眺めを)見ないでいられようか」といった反語。結果として、「見よ、ご覧なさい」といった意味で使われる。
「あけぼの」は夜明け、明け方。清少納言『枕草子(まくらのそうし)』冒頭「春はあけぼの」が有名。「露(つゆ)」は朝露(あさつゆ)。
「われにもの言ふ」は、私に語り掛けるような。
「夕ぐれ」は、清少納言『枕草子』における「秋は夕暮れ」を意識したものか。もちろんここでは春の夕暮れ。
「さしまねく」の「さし」は、語調を整えたり強めたりする接頭語(意味はない)。「まねく」は「招く」。
三番の歌詞の意味
「錦おりなす長堤」は、美しく織られた錦のように花に彩られた川の長い堤防・土手。
「おぼろ月」とは、もやで霞んだ春頃の月。参考:『朧月夜(おぼろづきよ)』
「げに」は、本当に、いかにも、まちがいなく。
「一刻も千金の」とは、ほんの少しの時間でも千金に値する、価値の高い様子。漢詩『春夜』の一節に由来している。
元ネタの故事成語「春宵一刻値千金」
「一刻も千金の」のくだりは、中国北宋時代の詩人・蘇軾(そしょく)の詩『春夜』に登場する次のような一節に由来している。
春宵一刻直千金 花有清香月有陰
意味:春の夜はわずかな時間でも千金の値打ちがある。花は清らかな香りを放ち、月はおぼろに霞んでいる。
「春宵一刻直千金」は「しゅんしょういっこく あたいせんきん」と読み、日本では故事成語として「春宵一刻値千金」と表記される。
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