東京節(パイノパイノパイ)歌詞の意味

ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ♪

『東京節(パイノパイノパイ)』は、日本の大正時代に流行したコミックソング。1918年発表に発表され、その後も時代に合わせて歌詞が追加された。

メロディは、アメリカ歌曲『ジョージア行進曲 Marching Through Georgia』を原曲とする。歌師の添田さつきが独自の日本語歌詞をつけて歌った。

東京節(パイノパイノパイ)歌詞の意味

歌詞では、丸の内や帝国劇場、浅草寺など、大正時代の東京の町や建物の名前が歌い込まれている。歌い出しは「東京の中枢は 丸の内 日比谷公園 両議院」。

写真:大正時代の丸の内。右は日本最初のオフィスビル三菱一号館。

【試聴】東京節(パイノパイノパイ)

歌詞の意味

『東京節(パイノパイノパイ)』の歌詞は5番まであるが、代表的な1番の歌詞を次のとおり引用して意味を解説する。

東京の中枢は 丸の内
日比谷公園 両議院
いきな構えの 帝劇に
いかめし館(やかた)は 警視庁

諸官省ズラリ 馬場先門(ばばさきもん)
海上ビルディング 東京駅
ポッポと出る汽車 どこへ行く

ラメチャンタラ ギッチョンチョンで
パイノパイノパイ
パリコト パナナで
フライ フライ フライ

<引用:『東京節(パイノパイノパイ)』1番の歌詞より>

コーラス部分の「ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ」は、日本の民謡の囃子言葉(はやしことば)のように、歌の調子を整える意味のない言葉。

「ラメチャン」の「ラメ」は、「デタラメ」の「ラメ」に由来している。

「ギッチョンチョン」は、お座敷歌『ぎっちょんちょん』から転用されたものか。

「パイ」は、大正時代の日本で当時新しかった洋食の一つ。後述の「フライ」も同様。

「パリコト」の「パリコ」とは、1918年に終結した第一次世界大戦の戦後処理として、1919年に締結されたパリ講和会議を意味している。日本からは元老・西園寺公望が全権大使としてパリに派遣された。

「パナナ」とは、果物の「バナナ」をもじったものだろうか。当時はまだバナナは貴重品で、一般庶民には高嶺の花だった。

「フライ フライ フライ」は、大正時代の日本で流行した洋食の一例を取り上げたものと思われる。当時は、ポークカツレツ(とんかつ)、コロッケ、カキフライ、エビフライなどのフライ物が流行っていた。

『東京節(パイノパイノパイ)』が発表される前年の1917年(大正6年)には、コロッケを題材にしたコミックソング『コロッケの唄』が流行している。

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