コサックダンス Cossack dance

フォークダンス/ウクライナの民族舞踊

『コサックダンス Cossack dance』は、ウクライナの伝統的な民族舞踊。ウクライナ語的な名称としては「ホパーク Hopak/Gopak」とも表記される。

コサックの独立国家が存在していた17世紀後半から18世紀前半にかけて流行したコサックダンス(ホパーク)は、18世紀にロシア帝国によって禁止されてしまったが、19世紀に入って農村を中心に再び人気となった。

20世紀にはウクライナの音楽学者ヴァスィーリ・ヴェルホヴィーネツィにより、失われたコサックダンス(ホパーク)の研究が進められ、その研究成果が今日世界で知られるコサックダンスの基礎的資料となっている。

挿絵:緑色で示された地域がウクライナ

コサックとは?

コサック(カザーク/カザック)とは、16世紀頃からウクライナや南ロシアなどで形成された騎馬戦士の集団。ドニプロ川(ドニエプル川)流域のコサックはウクライナ・コサック、ドン川流域のコサックはドン・コサック軍と呼ばれた。

コサックは近隣の大国の保護を受け軍隊として公認されたが、コサックの自治権を徐々に奪っていったためコサックは度々反乱を起こした。特に、ロシア民謡『ステンカ・ラージン』でも知られるドン・コサックの首領スチェパン・ラージンによるラージンの乱(1670年)が有名。

ラージンの乱は失敗に終わり、その後もロシアへの反乱は続いたが、結局ドン・コサックは歴史の中でロシアに取り込まれてしまった。ウクライナ・コサックは18世紀末にロシア帝国によって滅ぼされた。その後、ドン・コサックもソビエト連邦の弾圧を受け壊滅した。

フランツ・リスト「マゼッパ」とウクライナ・コサック

ショパンと並ぶ19世紀の名ピアニスト、フランツ・リストのピアノ曲集『超絶技巧練習曲』の中に、『マゼッパ Mazeppa』という曲がある。

この「マゼッパ」とは、ウクライナ・コサックの英雄イヴァン・マゼーパを指しており、フランツ・リストはマゼーパを題材としたヴィクトル・ユゴーの叙事詩「マゼッパ」から着想を得たという。コサックダンス(ホパーク)とは直接関連性はない。

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