ポール・サイモンとマーティン・カーシーの関係は?

スカボローフェアの謎 Scarborough Fair

サイモン&ガーファンクルは、1957年の結成当時(彼らはまだ16歳)は「Tom & Jerry(トムとジェリー)」というグループ名のロックバンドでした。

所属していたレコード会社が倒産したことでグループは解散することとなり、同じ高校だった彼らも別々の大学へ進み、しばらくはそれぞれの別の音楽活動を続けていたようです。

1964年にはサイモン&ガーファンクとして再結成され、デビューアルバム『Wednesday Morning,3AM(水曜の朝、午前3時)』 をリリースしますが、人気はいまひとつでした。この失敗に失望したポールサイモンは、イギリスを始めとするヨーロッパへと新たな活動の地と楽曲探しの旅に出ていきました。

折りしも1964年のイギリスはフォークリバイバルブームの真っ只中で、ポールサイモンは各地のフォーククラブで活躍していたマーティン・カーシーとも交流の機会をもつことができ、そこでポールはマーティンカーシーのアレンジした「スカボローフェア」と出逢う事になったのです。

彼のアレンジにほれ込んだポールは、1800ポンドでこのアレンジをポールの楽曲中で使用することについて許諾してもらったといいます。ちなみにこのマーティン・カーシーのアレンジした「スカボローフェア」は、1965年にリリースされたファーストソロアルバムである「Martin Carthy」に収録されています(上ジャケット写真)。

ちょうどこの頃、1966年のアメリカで「Sounds of Silence(サウンド・オブ・サイレンス)」が全米1位を獲得する大ヒット。この曲は、元々サイモン&ガーファンクルのデビューアルバムに収録されていたもので、プロヂューサーであるトム・ウィルソンが独断でエレキ・ギターやドラムをオーバー・ダビングして再リリースした曲でした。

この大ヒットを聞きつけたポールは急いでアメリカに帰国し、その勢いにのって更に同年、マーティン・カーシーのアレンジをさらにアレンジした「スカボローフェア」を収録したアルバム『Parsley,Sage, Rosemary and Thyme(パセリ・セージ・ローズマリー・タイム)』をリリース。同曲は、1967年のダスティン・ホフマン主演の映画「卒業」の挿入歌として用いられ、非常に有名になりました。

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スカボローフェアの謎 目次

  1. はじめに
  2. ブロードサイド・バラッドとは?
  3. チャイルド教授の功績
  4. 17世紀の妖精の騎士
  5. 4つのハーブの秘密
  6. マーティン・カーシー
  7. ポール・サイモンとの関係
  8. もう一つのスカボローフェア
  9. 反戦への詠唱

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