お座敷小唄 歌詞の意味

死ぬ程好きなお方でも 妻と言う字にゃ勝てやせぬ

「富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も」が歌いだしの『お座敷小唄』(おざしきこうた)は、1964年にリリースされた歌謡曲。

作詞:不詳、作曲:陸奥明。歌:和田弘とマヒナスターズ、松尾和子。キャバレーのホステスが口ずさんでいた曲を和田弘が採取し、ドドンパのリズムでアレンジしてレコーディングされたという。250万枚を超える売り上げを記録した。

歌詞では、京都先斗町(ぽんとちょう)の芸者の立場から、馴染みの男性客(既婚者)への想い(または営業トーク)が歌われている。

なぜ「富士の高嶺」なのか?これはおそらく、男性客の奥さん、つまり「夫人」と「富士」の掛詞(かけことば)だろう。芸者の立場からは手の届かない高嶺の存在という関係性までうまく表現されている。

夫人という高嶺の存在でも、京都先斗町の芸者でも、女であることには変わりないじゃないか。それでも「妻と言う字にゃ勝てやせぬ」。

本気なのか営業トークなのかはさておいて、立場に苦しむ芸者のやるせない想いが込められているようだ。

写真:京都市中京区先斗町(出典:Wikipedia)

【YouTube】神楽坂浮子 お座敷小唄

【YouTube】男性歌手 お座敷小唄

歌詞

富士の高嶺に降る雪も
京都先斗町(ぽんとちょう)に降る雪も
雪に変わりはないじゃなし
とけて流れりゃ皆同じ

好きで好きで大好きで
死ぬ程好きなお方でも
妻と言う字にゃ勝てやせぬ
泣いて別れた河原町

ぼくがしばらく来ないとて
短気おこしてやけ酒を
飲んで身体をこわすなよ
お前一人の身ではない

一目見てから好きになり
ほどの良いのにほだされて
よんでよばれている内に
忘れられない人となり

どうしたかと肩に手を
どうもしないとうつむいて
目にはいっぱい泪ため
貴方しばらく来ないから

唄はさのさかどどいつか
唄の文句じゃないけれど
お金も着物もいらないわ
貴方ひとりが欲しいのよ

「ないじゃなし」について

一番の歌詞にある「雪に変わりはないじゃなし」については、日本語の文法的に違和感を覚える方が少なくないようだ。

ネットを検索してみると、その文法的な誤りについて議論を交わしているページがいくつも見られる。

写真:河原町通と祇園祭山鉾巡行(出典:Wikipedia)

一番の歌詞は、「奥さんでも芸者でも同じ女であることに変わりはないでしょ!」と不満を述べる芸者の想いが描写されている部分であり、歌詞の字数制限がなければ「雪に変わりはないじゃないか」と言いたい場面なのだろう。

ちなみに、『さすらいの唄』(作詞:北原白秋/作曲:中山晋平)でも「ないじゃなし」が歌詞で使われているが、そちらは日本語的に正しく使われている。

だって、しょうがないじゃない!

ここでの「じゃない」は否定の意味ではなく、「じゃん」や「でしょ」と同じく終助詞として相手に同意を求める際に使われる表現。

「だって、しょうがないじゃない!」、「さっき、言ったじゃない!」のように、不満や怒りを相手に訴える場合などによく使われる。

「雪に変わりは」のくだりは、本来は「雪に変わりはないじゃない!(同じ雪でしょ!)」と言いたいところ。「雪に変わりはないじゃん(でしょ)」でも同じ意味。

これを小唄の歌詞としてひねった感じを出そうとして、単純に「じゃない」を「じゃなし」に文字を置き換えてしまったため、その前後で意味が真逆になってしまったということだろう。

もしどうしても「じゃなし」で終止するならば、「雪に変わりがあるじゃなし」になるだろうか。この場合は、最後の「なし」が否定の意味合いになる。

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