麦屋節 むぎやぶし
富山県民謡/麦や菜種は二年で刈るが…
『麦屋節』(むぎやぶし)は、富山県・五箇山(ごかやま)地方に伝わる古い民謡。歌詞では、五箇山に落ち延びた平家の落人らの悲哀が歌い込まれている。
曲名は、歌い出しの歌詞「麦や菜種は二年で刈るが…」の「麦や」から。『越中おわら節』、『こきりこ節』と並び、富山県の三大民謡の一つとして親しまれている。
写真:越中五箇山麦屋節保存会による麦屋節定期公演
【YouTube】正調麦屋節 笠踊り
代表的な歌詞の一例
麦や菜種は二年で刈るが
麻が刈らりょか 半土用に
浪の屋島を遠くのがれ来て
薪(たきぎ)こるてふ 深山辺(みやまべ)に
烏帽子(えぼし)狩衣(かりぎぬ)脱ぎうちすてて
今は越路(こしじ)の杣刀(そまがたな)
心淋しや落ち行くみちは
川の鳴瀬と鹿の声
川の鳴瀬に布機たてて
波に織らせて岩に着しょう
鮎は瀬につく鳥は木に止まる
人は情の下に住む
(注:実際には「アイナ」、「エイナ」などの囃子言葉が多用される)
歌詞の意味
『麦屋節』の歌詞では、現代ではほとんど使われない古語や単語がいくつか用いられている。平家の落人伝説と合わせて、歌詞の意味や主なポイントについて個別に解説してみたい。
半土用(はんどよう)
「麻が刈らりょか 半土用に」の歌詞にある「半土用」(はんどよう)とは、暦(こよみ)の「土用」に関連した語句。
一般的に「土用」というと、立秋直前の「夏の土用」を指す。夏の土用は立秋(8月7日頃)直前の約18日間。その半分の「半土用」は7月の終わり頃を意味することとなる。
数か月で刈り取られてしまう麻
麻(アサ)は春ごろに蒔かれ、数か月でぐんぐんと成長して青々とした葉をつけ、高さは数メートルにも及ぶ。勢い盛んに生い茂る麻だが、数か月後の半土用(7月の終わり頃)に早々に刈り取られてしまう。
源氏に敗れ、滅亡した平家の落人たちは、五箇山の山村で麦や麻を育てながらひっそりと暮らしていたが、彼らからすれば、早々と刈り取られてしまう麻の短命さは、自らたどった平家の運命と重なり、しのびない思いを抱かずにはいられなかったのだろう。
源平合戦 屋島の戦い
「浪の屋島を遠くのがれ来て」の歌詞にある「屋島」とは、平安時代末期の源平合戦において平家が本拠を置いた地。現在の香川県高松市。
『平家物語』によれば、屋島・庵治半島沿岸で激しい矢戦が繰り広げられ、那須与一(なすのよいち)が竿の先の「扇の的」を射抜いたとされている。
薪(たきぎ)こるてふ
「薪(たきぎ)こる」とは、「薪にするための木を切る」の意味。「てふ」(「ちょう」と読む)は、「~という」を意味する古語。「木こり」の「こり」も「こる」の活用形。
烏帽子・狩衣
平安時代の貴族の普段着、公服。滅亡した平家のかつての繁栄の象徴。
越路(こしじ)
上越・中越・越後などの「越(えつ)」の国
杣刀(そまがたな)
平家の落人が落ち延びた富山県の五箇山(ごかやま)は、深山辺(みやまべ)、すなわち深い森林が広がる山間部。
中世の日本では、建築資材としての木材を伐採するための森林を国家や寺社が確保しており、これを「杣(そま)」と呼んでいた。
杣刀(そまがたな)は、枝打ちや巻き割りなどの木工に用いられる鉈(なた)などの木工具。平家の落人は刀を鉈に持ち替えて、人目を忍んで農業や林業でひっそりと命をつないでいった。
写真:麦屋まつり 越中五箇山麦屋節保存会(出典:五箇山彩時季)
合唱曲として
富山県富山市生まれの作曲家・岩河 三郎(いわかわ さぶろう/1923-2013)により、『麦屋節』をモチーフとした合唱曲『むぎや』が作曲されている。
合唱組曲「富山に伝わる三つの民謡」の一曲で、『むぎや』、『こきりこ』、『越中おわら』の合計3曲の富山県民謡を題材とした合唱曲から構成されている。
【YouTube】「富山に伝わる三つの民謡」 「むぎや」
ジャントコ~イ ジャントコイ♪
合唱曲『むぎや』の歌詞では、「アイナ~」、「エイナ~」、「イナ~」、「ジャントコイ」など、『麦屋節』でも歌われる囃子言葉(はやしことば)が多用されているが、「ジャントコイ」については、五箇山で演奏される正調麦屋節では用いられない。
「ジャントコイ」の意味については、他の日本の民謡と同じく、特に意味合いを持たない(または失った)囃子言葉(はやしことば)と思われる。
紋弥爺さんって誰?
合唱曲『むぎや』の歌詞にたびたび登場する紋弥(もんや)爺さんとは、五箇山へ落ち延びた平家の落人の一人、平紋弥(たいらのもんや)のこと。
民謡『麦屋節』はこの平紋弥が伝えた曲とする解説もみられ、当時はその名を取って『もんや節』と呼ばれていたという。
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