耳なし芳一 意味・解釈・あらすじ

お経を書いて沈黙させるという和尚様の判断は正しかったのか?

日本の民話・怪談「耳なし芳一」については、江戸時代初期からそのルーツ・原型とされる物語がいくつかの文献に残されているが、今日知られるストーリーとは細部で相違点が見られる。

このページでは、今日有名な「耳なし芳一」のストーリーである明治時代の小泉八雲版のあらすじを簡単に振り返るとともに、その元ネタ・ルーツである江戸時代の民話との違いを簡単にまとめてみたい(挿絵の出典:DLE Channel)。

そして最後に、「芳一に演奏を依頼した亡霊たちは、本当に悪い霊だったのか?」といった疑問について簡単にコメントする。

あらすじ(小泉八雲版)

舞台は現在の山口県下関市、壇ノ浦の戦いで滅亡した平家の霊を鎮める阿弥陀寺(現在の赤間神宮/下写真)でのこと。

才能ある琵琶法師・芳一は、住職に気に入られ阿弥陀寺に住み込んでいた。ある夜、芳一はどこかの侍に依頼され、屋敷につれられ琵琶を演奏。大絶賛を受け、さらに一週間、夜に演奏を頼まれた。

しかし、依頼主は滅亡した平家の亡霊で、化かされた芳一は平家の墓場(寺の敷地内)で琵琶を演奏させられていた。住職によれば、死者の言うことを聞いてしまうと、やがて八つ裂きにされてしまうという。

あいにく住職は今夜、法事で外出してしまう。芳一を亡霊から守るため、住職は寺男に芳一の体中にお経を書きつけさせた。そして何があってもじっと動かず口も利かずに座禅をしているよう芳一に命じた。

その夜、迎えの侍の亡霊がやってきたが、お経の力で芳一の姿は見えなかった。しかしお経の書き漏れで、芳一の耳だけは見えてしまっていた(近くに琵琶も置いてあった)。

ここへ来た証拠にと、亡霊は芳一の耳だけをもぎ取り帰っていった。その間、芳一は不動で沈黙を守っていた。

一命をとりとめた芳一の怪奇体験は噂となり、「耳なし芳一」の通称で芳一はさらに有名になって金持ちとなった。

ルーツ・由来・原作は?

「耳なし芳一」のルーツ・元ネタは江戸時代にさかのぼる。文献によって、主人公の名前や舞台設定、依頼主の(主君の)正体や内容、亡霊に対処する細かい経緯や結末が若干異なっている。

主人公の名前一つとっても、うん市(うんいち)→ 団都(だんいち)→ 鶴都(つるいち)→ 芳一(ほういち)と、今日知られる名前になるまで段階があったようだ。

民俗学者・柳田国男の調査では「耳切り団一」と伝わる地域が多かったという。

それでは、江戸時代の文献について時系列に見ていこう。

1663年「曽呂利物語」

書籍名:曽呂利物語(そろりものがたり)

タイトル:耳切れうん市が事

主人公:うん市(うんいち)

舞台:信濃 善光寺の尼寺

ポイント:平家とは無関係。演奏の依頼を断ったが亡霊の祟りで異常に痩せ命の危険。最後は故郷の越後に帰って長生き(金持ちにはならない)。

1677年「宿直草」

書籍名:宿直草(とのいぐさ)

タイトル:小宰相の局、ゆうれいの事

主人公:団都(だんいち)

舞台:赤間浄土派の寺

墓石(依頼主):平通盛の妻、小宰相(こざいしょう)。

ポイント:取られたのは左耳のみ

1734年「御伽厚化粧」

書籍名:御伽厚化粧(おとぎあつげしょう)

タイトル:赤関幽鬼を留む

主人公:鶴都(つるいち)

舞台:赤間阿弥陀寺

墓石(依頼主):平清盛の正室、二位尼(平時子)。現在の赤間神宮に現存。

ポイント:耳を取られる場面はない

1782年「臥遊奇談」

書籍名:臥遊奇談(がゆうきだん)

タイトル:琵琶秘曲泣幽霊

主人公:芳一(ほういち)

舞台:赤間阿弥陀寺

墓石(依頼主):安徳天皇(あんとくてんのう)。現在の赤間神宮の主祭神。

ポイント:和尚様は外出しない(別室で結果を見守っていた)

1904年 小泉八雲「怪談」

タイトル:耳なし芳一の話(英題)

主人公:芳一(ほういち)

ポイント:1782年「臥遊奇談」をベースとしているが、和尚様が外出してしまう設定や、事件後に芳一が金持ちになる後日譚は小泉八雲のオリジナル。

亡霊は本当に悪い霊だったのか?

小泉八雲版「耳なし芳一」では、芳一は平家の亡霊から演奏を高く評価され、一週間にわたって琵琶の演奏を依頼された。演奏完了後には十分な礼をし、この地を離れると口頭で約束もされた。

しかし、芳一の異変に気付いた和尚様は、「お前は八つ裂きにされる」と動転切迫し、亡霊との約束を一方的に破らせる形で、芳一の体にお経を書かせて沈黙させた。

ここでの素朴な疑問は、和尚様は何を根拠に「お前は八つ裂きにされる」と断定したのか、平家の亡霊を供養する意味で、依頼どおり演奏を続けさせることは出来なかったのか、という点である。

幻影を見せて騙していたとはいえ、平家の亡霊の従者は非常に礼儀正しく、一見して害悪を成すような存在には見えない。本当に害意があったのなら、芳一と接触した初日に八つ裂きにすることもできただろう。

八つ裂きにするというのなら、芳一の演奏を無理やり止めて寺に連れて帰った寺男がまずその場で犠牲になっていたのではないか。演奏を堪能している最中にアーティストが拉致されたら、言うまでもなく観客は怒り狂うだろう。

確かに、一週間も夜通し屋外で演奏していたら衰弱して命の危険もありそうだが、それと「八つ裂きにされる」こととは直結しない。

芳一の匿い方も不十分で、お経を書いた芳一のそばに琵琶がおいてあるというお粗末ぶり。近くに芳一がいることを亡霊に気付かせるヒントを与えてしまっているのだ。

耳が見えてしまっていたとしても、耳だけではそれが芳一かどうかは亡霊にも判断しにくいだろう。もし近くに琵琶がおいてなければどうなっていたか。大きな運命の分かれ道といえる。

「このままでは八つ裂きにされる」という点についてもう少し理由付けがないと、その後の和尚様の行動が勇み足のように見えてしまいそうだ。

もし芳一が和尚様のサポート付きで一週間演奏(供養)を完了させ、亡霊は満足して成仏し、亡霊らからお礼を受け取ってハッピーエンディングだったら。

それはもはや怪談ではなく、民話としての存在意義も薄まってしまうが、そんな優しい別の世界線・パラレルワールドがあったのかもしれないと考えると、それはそれで感慨深い結末ではないだろうか。

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