お富さん 歌詞の意味

死んだはずだよ お富さん♪ 元ネタの歌舞伎あらすじ

『お富さん』(おとみさん)は、1954年(昭和29年)にリリースされた春日八郎の歌謡曲。「死んだはずだよ お富さん♪」は流行語にもなった。

歌詞は、江戸時代末期の歌舞伎「与話情浮名横櫛」(よわなさけ うきなのよこぐし)が元ネタになっている。挿絵はその役者絵(出典:Wikipedia)。右側がお富。

通称「切られ与三(よさ)」、「お富与三郎(おとみよさぶろう)」、「源氏店(げんやだな)」などとも呼ばれる。

元ネタの歌舞伎「与話情浮名横櫛」のあらすじ・ストーリーと、それに関連する『お富さん』の歌詞の意味について、簡単にまとめてみた。

【試聴】お富さん 歌詞つき

元ネタの歌舞伎あらすじ(一部)

お富さん元ネタの歌舞伎「与話情浮名横櫛」の舞台は木更津の浜。与三郎はお富と出会い、お互いに一目惚れ。だがお富は地元の親分の女だった。

親分の手下にめった斬りにされた与三郎(切られの与三)。お富は逃げ出し海辺へ飛び込んだが、通りがかりの船に助けられた。それは和泉屋の大番頭・多左衛門の船だった。

与三郎は一命をとりとめ数年が経った。数十か所の刀傷の痕で知られる「向疵の与三(むこうきずのよさ)」として悪名を馳せていた。

あの日以来、与三郎はお富に会っていない。彼女は海で死んだと思っていた。

ある日、与三郎は金をせびりに金持ちの家に押し入った。そこで見かけた妾の顔をよく見れば、それはあの日、海で死んだはずのお富だった。

お富は、海で自分を助けてくれた多左衛門の妾になっていたのだ。

以降割愛。

粋な黒塀 見越しの松に

多左衛門のお屋敷の黒い塀。「見越しの松」とは、その塀を超えて外から見える敷地内の松の木を意味している。

写真:大阪府住吉区・あびこ観音周辺の風景(出典:快道ウォーキング)

玄冶店(げんやだな)

玄治店(げんやだな)とは、現在の東京都中央区日本橋人形町3丁目あたりの地名(通りの名前)。

徳川家光に仕えた医師・岡本玄冶(おかもと げんや/1587-1645)の敷地跡から、この一帯が玄治店(げんやだな)と呼ばれるようになった。

ちなみに、歌舞伎「与話情浮名横櫛」では実際の地名を用いることが幕府から禁じられていたため、当て字で「源氏店」(げんやだな)と表記している。

写真:現在の玄治店跡(出典:Wikipedia)

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