パンチョ・ビリャはどんな人?
メキシコ男の理想 "ムイ・オンブレ" と呼ばれた男

ラ・クカラチャの謎 La Cucaracha

「パンチョ・ビリャ」を知るためには、メキシコの歴史やメキシコ革命について簡単にでも触れておく必要があると思います。

その前に、まずは彼を知る上で非常に役に立つ記述を「メキシコ物語 英雄パンチョ・ビリャの生涯」(渡辺建夫/朝日新聞社)より引用したいと思います。

パンチョ・ビリャ

写真:戦いに赴くパンチョ・ビリャ(出典:Wikipedia)

インディオの血の濃い貧農の息子として生まれ、青年時代を山賊として過ごし、革命の勃発とともに身一つで参加、神出鬼没のゲリラ戦で常勝将軍の名をほしいままにし、革命勢力の一方の領袖(カウデイリョ)として首都に乗り込んでいった男。

「北メキシコのケンタウロス(半馬人)」と呼ばれたほど馬がたくみで不死身、闘牛、闘鶏が大好きで、また行く先々で女を愛し、女のために何度も結婚式を挙げ、仲間の死にはポロポロ涙をこぼし、裏切り者には容赦なく弾をぶちこんだ男。メキシコの男の理想とされる「本物の男(ムイ・オンブレ)」と言われた男。その死後長くインディオ・農民の心に生き、うたわれ、語られつづけた男。

これだけでも、なんとなくパンチョ・ビリャという人間の輪郭は見えてきたと思います。それではさっそく彼の活躍した舞台であるメキシコについて簡単に見ていきましょう。

メキシコ革命までのメキシコの様子

マヤ文明・アステカ文明などで知られるメキシコは、16世紀始めから19世紀にかけてにスペイン人による征服を経験しています。

その後、19世紀半ば(1846年~1848年)には米国との戦争により現在のテキサス・ニューメキシコ・カリフォルニア等の広大な領地を失っています。

また、1862年から1867年にかけてフランスのナポレオン三世により内政干渉を受けるなど、常に他国からの脅威にさらされてきました。

19世紀後半にはようやく政治的にも安定してきたかに見えましたが、1877年に就任した当時の大統領ポルフィリオ・ディアスにより、一般国民(特に貧しいインディオ・農民等)の生活は著しく脅かされていきます。

ディアスは、地下資源に対する国家主権という植民地時代以来の伝統を廃止し、鉱山・石油・鉄道などを次々に外資の管理下におき、国民の厚生には目もくれず、得た利潤を対外債務の返済や軍隊などに費やしていきました。

さらに、先住民の共有地・国有地などを極端に安い価格でメキシコ人有力者や外国人投資家に払い下げた結果大農園(アシェンダ)が形成され、農村では土地を奪われた人々が小作(ペオン)として大農園(アシェンダ)に生涯を縛り付けられ、自由のない貧困生活に喘いでいました。

そんな国民の不満が鬱積して今にも爆発しそうな非常に情勢不安定な時代に、メキシコ革命の英雄パンチョ・ビリャはこの世に生を受けるのです。

【次のページ】 3.パンチョ・ビリャの生い立ち

ラ・クカラチャの謎 目次

  1. 原曲の歌詞
  2. パンチョ・ビリャはどんな人?
  3. パンチョ・ビリャの生い立ち
  4. メキシコ革命とビリャ
  5. 復讐に燃えるビリャ
  6. ラクカラチャとの関係
  7. 残された謎
  8. パンチョ・ビリャの最期

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