ジョン・ニュートンとヨーロッパの歴史

アメイジング・グレイスの謎 Amazing Grace

ジョン・ニュートンが彼女(ポリー)の家を訪れていた頃のヨーロッパは、ハプスブルグ家を舞台にしたオーストリア継承戦争の真っ只中にありました。

ハプスブルク家の神聖ローマ帝国皇帝カール6世は、男子後継者を早くに失っていました(写真:ハプスブルク家の離宮・シェーンブルン宮殿)。

それまでハプスブルク家は女子の相続を認めてこなかったのですが、カール6世は、娘のマリア・テレジア(Maria Theresia/1717-1780)によるハプスブルク世襲領の相続を勅書により強引に国内外に認めさせようとします。

1740年に彼が没すると、マリア・テレジアの相続を認めない周辺諸国は領土を分割しようと侵攻を開始し、これがオーストリア継承戦争(the War of Austrian Succession/1740-1748)の始まりとなります。イギリスとオランダはオーストリアを支援しました(右図:マリア・テレジア/出典:Wikimedia Commons)。

ジョンニュートンが19歳の頃には、この戦争はカナダやインドを舞台にしたイギリス対フランスの植民地戦争にも発展し、カナダでの戦争はジョージ王戦争とも呼ばれています。

一方インドではフランスインド諸侯を傘下に収めて一時英領マドラスを占領するなど、イギリス東インド会社に対して有利に戦いを展開しましたが、後にアーヘン和約によりマドラスはイギリスに返還されています。

プレスギャング 彼女に会いに行ったジョンに何が起こったか?

ジョンが次の船出を待つ商船が停泊している港の周辺には、フランスとの戦争のためにいくつもの軍艦が臨戦態勢におかれていました。

上写真:イングランド・チャタムの港(出典:wikipedia)

当時のイギリス海軍はプレス・ギャング(the press gangs)と呼ばれる軍の強制徴募隊により、使えそうな若者を手当たり次第に水兵として軍艦に連行していました。

フランスとの戦争の真っ只中にあったイギリス海軍にとっては兵の増強は急務であり、プレスギャングもいつも以上に港周辺で目を光らせていました。

次の商船に乗り込むまでの時間を使って彼女に会いに行こうとして夢中だった彼には、そんな周りの状況がまったく見えていませんでした。

ちょうど商船に乗るための水夫の格好をしていたということもあり、目立つ格好でフラフラと浮ついた気持ちで近くを通りかかったジョンをプレス・ギャングは見逃しませんでした。すぐさま彼は取り押さえられ、軍艦ハリッチ号(HMS Harwich)の水兵として強制連行されてしまったのです。

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目次 ジョン・ニュートンの人生

  1. はじめに
  2. ジョンの家族
  3. 彼女との出会い
  4. プレスギャング
  5. 脱走
  6. 貿易船へトレード
  7. 苦難の日々
  8. グレイハウンド号
  9. 嵐の中で
  10. 神の奇跡
  11. 結婚と船長
  12. 牧師と賛美歌

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