悲愴 交響曲第6番 チャイコフスキー

チャイコフスキーが亡くなる9日前に初演された最後の交響曲

チャイコフスキー:悲愴 交響曲第6番

「悲愴(ひそう)」の名で知られるチャイコフスキー交響曲第6番 ロ短調(作品74)は、彼がコレラで亡くなる9日前の1893年10月16日、チャイコフスキー自らの指揮によりペテルブルクで初演された。

この交響曲第6番「悲愴」は4つの楽章から成り、ある意味クライマックスとも言える第一主題の展開部や再現部を持つ第一楽章、スラブ音楽のような4分の5拍子の第二楽章、スケルツォと行進曲の第三楽章、暗く消え入るように終わる第四楽章で構成される。

全体的に暗く独創的なオーケストレーションがなされた交響曲第6番「悲愴」の初演時は、その独創性を前に当惑する聴衆もみられたようだ。

しかしチャイコフスキーの死後しばらくして開かれた追悼コンサートでは、作者の真意と情熱が伝わったのか、観客からはすすり泣く声が聞かれ、誰もすぐには席を立とうとしなかったという。

「悲愴」の意味するものとは?

チャイコフスキー交響曲第6番の副題である「悲愴(ひそう)」が意味するものとは一体なんだろうか?

「悲愴」という単語を日本語のまま解釈すれば「悲しく痛ましい」といった意味になるが、問題なのは、実際にチャイコフスキーが交響曲第6番にどのような副題をつけようとしていたのか、という点だ。

この点については、チャイコフスキーの弟モデストが残した伝記の中で、交響曲第6番の副題がどのようにつけられたのかについて、次のような有名なエピソードが残されている。

弟モデストの提案

モデストの伝記によれば、チャイコフスキー交響曲第6番が初演された翌日、兄が曲のサブタイトルで悩んでいた様子を見て、弟モデストは「трагическая(トラギチェスカヤ/悲劇的な)」を提案したが、兄はどうもしっくりこない様子。

では「патетическая(パテティチェスカヤ)」ならどうかと再度アイディアを投げかけてみると、良案が出ずに悩んでいた兄チャイコフスキーの表情は一変して明るくなり、「ブラボー!」と叫んで交響曲第6番の楽譜表紙に書きつけたという。

「悲愴」ではなく「情熱」?

チャイコフスキーの弟モデストが提案したとされる「патетическая(パテティチェスカヤ)」とは、「情熱的な、感情のこもった」といった意味のロシア語であり、「悲愴」とは対照的な意味合いを持っている。

この点につき、森田稔著「新チャイコフスキー考 没後100年によせて」でも同様の解説がなされている。該当箇所の記述を次のとおり引用する。

日本語で「悲愴」と訳されているパテティーチェスカヤという単語には、ロシア語の辞書を引いても「悲愴」という意味は出てこない。これはロシア語では「情熱」とか「強い感情」といった意味の言葉なのである

<中略>

チャイコーフスキイはこの時まったく死ぬつもりなどはなく、遺言としてこの曲を作曲しようなどとは全然考えていなかった。つまり、作曲家の死後に、人々の間に形成されていった噂話がヨーロッパにも伝わって、この曲のイメージをすっかり変えてしまったことになる。

なお現在では、交響曲第6番の初演前にチャイコフスキー自身によってフランス語で「Simphonie Pathétique(悲愴交響曲)」と命名された資料が確認されており、弟モデストが提案したとされるエピソードは信ぴょう性の低い逸話とみなされているようだ。

【試聴】チャイコフスキー交響曲第6番 悲愴 全曲

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