春駒 はるこま 郡上おどり
踊り助平が 踊りの夢で 音頭寝言に 取っている
『春駒 はるこま』は、岐阜県郡上市八幡町(郡上八幡)で毎年夏に開催される「郡上おどり」における踊り・郡上節の一つ。「七両三分の春駒 春駒」の囃子声が有名。
元々は、石川・能登のサバ売りが歌った「七分五厘の焼サバ 焼サバ」という売り声がルーツだという。これに郡上名産の馬にちなんで『春駒』の歌に改められた。
「春駒」とは、江戸時代の門付芸(かどづけげい)の一つで、現代では伝統芸能の一つとして全国各地に春駒踊りが存在する(後述)。
写真:郡上踊り「春駒」(郡上おどり保存会/出典:YouTube)
歌いだしの歌詞
郡上は馬どこ あの磨墨(するすみ)の 名馬出したも 気良の里
梶原景季の愛馬・磨墨
『春駒 はるこま』の歌詞にある「磨墨(するすみ)の名馬」とは、鎌倉幕府の有力御家人・梶原 景季(かじわら かげすえ)の愛馬のこと。
1184年の宇治川の戦いで、名馬・磨墨に乗った景季は、同じく名馬・池月(いけづき)を操る佐々木高綱と先陣を争った(宇治川の先陣争い)。
名馬・磨墨の産地は郡上市明宝「気良の里」と考えられており、『春駒 はるこま』の歌詞でも「磨墨の名馬出したも気良の里」と歌われている。
試聴:郡上八幡・徹夜踊り 『春駒』 完全版
歌詞の一例(囃子詞は省略)
私ゃ郡上の 山奥育ち 主と馬曳く 糸も引く
金の弩標(どひょう)は 馬術のほまれ 江戸じゃ赤鞘(あかざや) 郡上藩
駒は売られて いななき交わす 土用七日の 毛附け市
親のない子に 髪結うてやれば 親が喜ぶ 極楽で
親の意見と 茄子(なすび)の花は 千に一つの 無駄はない
踊り上手で 身上持ちようて 赤い襷の 切れるまで
踊り助平が 踊りの夢で 音頭寝言に 取っている
踊り助平が 今来たわいな わしも仲間に しておくれ
踊り助平(スケベ)とは?
踊り助平(すけべい)とは、踊りが好きで好きで仕方ない根っからの踊り好きのこと。いやらしい意味はない。
助平は助兵衛とも表記され、「兵衛(べえ)」は黒田官兵衛や竹中半兵衛のように人を表す言葉である。
そして助平の「助(すけ)」は元々は「好き」であることから、助兵衛(助平)は「好き兵衛」であり、「踊り助平」は「踊り好きな人」と解釈できる。
正月の門付け芸としての春駒
江戸時代には、正月などに芸人が民家を訪れ、戸口等に立って祝言を謡う「門付芸(かどづけげい)」が盛んに行われていた。
漫才のルーツである萬歳(まんざい)や、大黒舞、獅子舞、鳥追いなど、様々な門付芸が存在したが、縁起の良い馬に扮して歌い踊る「春駒」もその一つであった。
江戸端唄『梅にも春』では、正月の鳥追いが歌詞で描写されている。
全国の春駒踊り
春駒に関連した踊りは、郡上おどり以外にも日本各地に存在する。馬に扮して祝い唄を唄い踊る民俗芸能としての「春駒踊り」は、主に次の地域で行われている。
- 岐阜県白川村の春駒踊り
- 佐渡の春駒(はりごま)
- 沖縄・那覇市の「じゅり馬」
- 山梨県甲州市塩山一之瀬高橋の「春駒」
- 群馬県川場村「門前春駒」
- 宮城県仙台市「秋保の田植踊」の春駒
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