ソ連映画「ヴォルガ・ヴォルガ」と
「幸せなら手をたたこう」曲のルーツ
映画サントラ曲に影響を受けてゴスペル音楽家が作曲?
映画「ヴォルガ・ヴォルガ Volga-Volga/Волга-Волга」は、旧ソ連(ソビエト連邦)で1938年に公開されたコメディ映画(アメリカでは1941年に公開)。オリジナルは白黒だが、2010年にフルカラーで復刻された。
あらすじは、アマチュア演奏家やパフォーマーらが、モスクワで開かれる音楽タレントコンテストに出場するため、蒸気船に同行してヴォルガ川を旅するストーリー。
「ヴォルガ・ヴォルガ」はソ連時代の古い映画のため、今日では映画そのものが話題にのぼることはほとんどないが、その劇中歌・サウンドトラックについては、ある曲との関連で今日でもまれに言及される機会がある。
その「ある曲」とは、アメリカの子供の歌『If You're Happy and You Know It』。日本では『幸せなら手をたたこう』として日本語カバーされている人気の童謡だ。
この『幸せなら手をたたこう』がソ連映画「ヴォルガ・ヴォルガ」の劇中歌とどのような関連があるのかといえば、答えは非常にシンプル。曲のメロディや構成が全体的によく似ているのだ。
【YouTube】映画「ヴォルガ・ヴォルガ」より 該当シーン
メロディ的な類似性については聞けばすぐにお分かりいただけると思うので、以下では曲名や歌詞の内容、作曲者、成立年代等について、『幸せなら手をたたこう』との関連性の観点から簡単にまとめることとする。
曲名・歌詞の内容は?
曲名は、ロシア語で「若さ」を意味する『Молодежная/Molodejnaya』(モロデジュナヤ)。歌詞の内容は、一つの目標に向かって若々しく血気盛んに進んで行こう!と盛り上がる青春ソング的な雰囲気がある。
『幸せなら手をたたこう』との歌詞の内容上の関連性はないが、空の高さや海の広さを讃えるなど自然賛歌的な要素もあり、童謡『ピクニック』のようなほがらかさ・陽気さも感じられる。
作曲者について
作曲者は、ウクライナ出身の作曲家イサーク・ドゥナエフスキー(Isaak Osipovich Dunayevsky/1900-1955)。ソ連映画「クバンのコサック Кубанские казаки/Cossacks of the Kuban」サントラも手掛けている(『収穫の歌』が有名)。
なお、『Молодежная/Molodejnaya』(モロデジュナヤ)については、古いラトビア民謡が用いられているとの解説が海外のWebサイトで散見されるが、それを裏付ける客観的な資料を見つけることは出来なかった。
『幸せなら手をたたこう』のルーツはスペイン民謡とする説もあるのだが、海外サイトではむしろ「古いラトビア民謡」との解説が多い。おそらくどこかの研究サイトの一文をコピペしたものが広まったと思われるが、是非ともその「古いラトビア民謡」を聴いてみたいものだ。
『幸せなら手をたたこう』より20年早い
Wikipediaの解説によれば、アメリカで『If You're Happy and You Know It』が出版され始めたのは1950年代後半頃とされている。
映画「ヴォルガ・ヴォルガ」が旧ソ連で公開されたのは1938年なので、その劇中歌である『Молодежная/Molodejnaya』はそれより20年ほど前に存在していたことになる。
合唱団のレパートリーにも
劇中歌『Молодежная/Molodejnaya』は、明るく前向きな曲調と内容から、映画とは別に独立した楽曲として、今日でも海外の合唱団などのコンサートで披露される機会があるようだ。
YouTubeでも『Молодежная/Molodejnaya』で検索するといくつか動画を確認することができる。元々テンポ早めの曲のなのだが、それをさらに1.5倍ぐらいにテンポを上げて歌っている動画もあり、海外では今日でもある程度の知名度はあるようだ。
【YouTube】合唱団が高速で歌う『Молодежная/Molodejnaya』
アメリカのゴスペル作曲者・合唱団指導者が作曲?
『If You're Happy and You Know It』については、アメリカの教会音楽・ゴスペル作曲者・声楽家のアルフレッド・スミス(Alfred B. Smith/1916--2001)が作曲したと考える説が有力に唱えられている。
作曲者はクリスチャンであり合唱団指導者。その作品もほぼ教会関連の楽曲であるが、仮に『If You're Happy and You Know It』が彼の作品だったとすると、キリスト教的にどのような関連性を見出すことが出来るだろうか?
その答えは、旧約聖書に収められた神への賛美の詩「詩編 Psalm」の一節に隠されている。
Oh clap your hands, all you nations. Shout to God with the voice of triumph!
もろもろの民よ、手をうち、喜びの声をあげ、神にむかって叫べ。
旧約聖書 詩編47・1
詩編に関連する音楽作品は、ヘンデルやモーツァルト、メンデルスゾーンなど、ルネサンスからロマン派まで数多くの楽曲が残されており、この『If You're Happy and You Know It』についても、詩編の一節を十分に意識して作曲された作品である可能性が高い。
ゴスペル・ミュージックとしての歌詞
同曲は、現在でも子供向けのゴスペル・ミュージックやバイブル・ソング(聖書の歌)としてアメリカで歌われている。
If you're happy and you know it, Clap your hands
If you're happy and you know it, Stomp your feet
If you're happy and you know it, Say "Amen!" Amen!
1番の歌詞では「Clap your hands」(手を打ち鳴らせ)、2番では「Stomp your feet」(足を踏み鳴らせ)、3番では「Say "Amen!"」(アーメンと言おう)となり、聖書の世界観が優しく表現されている。
まとめ・仮説
1938年のソ連映画「ヴォルガ・ヴォルガ」にアメリカの童謡『幸せなら手をたたこう』とよく似た曲『Молодежная/Molodejnaya』が存在していた。その曲は人気があり、合唱団などにより単独で演奏される機会もあった。
『幸せなら手をたたこう』は1950年代頃から出版が確認されているが、『Молодежная/Molodejnaya』から影響を受けている可能性があり、その作曲者はアメリカの教会音楽・ゴスペル作曲者であり合唱団指導者のアルフレッド・スミスとする有力な説が存在する。
おそらく、当初は教会で歌われるゴスペル・ミュージックや聖書関連の歌として広まっていったものと推測される。
スペイン民謡説も? 矛盾しない解釈も可能
『幸せなら手をたたこう』については、フィリピンで歌われていたスペイン民謡とする説も日本で知られている。
このスペイン民謡説と、本ページの「ロシア映画→ゴスペル」説は一見矛盾するようにも見えるが、次のとおり、ある程度筋の通った解釈もできる。
かつてフィリピンはスペインに統治されており、現在でもスペイン系の住民は存在する。やがてアメリカ統治国となり、宗教を含めアメリカの強い影響を受けた。
教会で歌われるゴスペル・ミュージックとしてアメリカで作曲された『If You're Happy and You Know It』はフィリピンの教会でも歌われ、教会に来たスペイン系の子供たちもこの曲を覚え、口ずさむようになっていく。
スペイン系の子供たちが口ずさんでいた曲を聴いた日本語版作詞者の木村氏が、これをスペイン民謡と勘違いして日本で紹介した。
このようなストーリーが成り立つとすれば、スペイン民謡説もゴスペル説もある程度矛盾しない解釈ができるように思われるが、どうだろうか。
日本語版作詞者の木村氏については、『幸せなら手をたたこう』の解説をご覧いただきたい。
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