落葉松 北原白秋 詩の意味
からまつはさびしかりけり たびゆくはさびしかりけり
「からまつの林を過ぎて」から始まる『落葉松』(からまつ)は、詩人・北原白秋が大正10年(1921年)11月発行の「明星」で発表した作品。
講習会に参加するため、同年夏に長野県軽井沢の星野温泉に滞在していた北原白秋は、宿近くに広がる落葉松林の風景を愛し、毎朝の散歩を欠かさなかったという。
写真:カラマツ林と浅間山(出典:こたろうさん@フォト蔵)
『落葉松』の初出時は全7節だったが、大正12年(1923年)発行の詩集「水墨集」において、第8節が追加された現在の形の『落葉松』が掲載された。
多くの作曲家が『落葉松』の詩にメロディを付け、歌曲として発表している。同名異曲の合唱曲『落葉松』(落葉松の 秋の雨に わたしの手が濡れる)も有名。
このページでは、『落葉松』の全文を掲載するとともに、若干意味が分かりにくい部分を現代語訳・品詞分解などで意味を補足していく。
本文
一
からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。
二
からまつの林を出でて、
からまつの林に入りぬ。
からまつの林に入りて、
また細く道はつづけり。
三
からまつの林の奥も、
わが通る道はありけり。
霧雨のかかる道なり。
山風のかよふ道なり。
四
からまつの林の道は、
われのみか、ひともかよひぬ。
細々と通ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。
五
からまつの林を過ぎて、
ゆゑしらず歩みひそめつ。
からまつはさびしかりけり。
からまつとささやきにけり。
六
からまつの林を出でて、
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
からまつのそのまたうへに。
七
からまつの林の雨は、
さびしけどいよよしづけし。
かんこ鳥鳴けるのみなる。
からまつの濡るるのみなる。
八
世の中よ、あはれなりけり。
常なけどうれしかりけり。
山川に山がはの音、
からまつにからまつのかぜ。
さびしかりけり
「さびしかりけり」の「さびしかり」は、形容詞「さびし」の連用形(シク活用)。
「けり」は、深い感動を表す詠嘆の助動詞「けり」の終止形。
詠嘆の「けり」は、それまで気付かずにいたことに初めて気付いたときや、今までとは違う感じ方を覚えて思いを新たにした際などの、驚きや感動の気持ちを表す際に使われる。
さびさびと
小学館「デジタル大辞泉」によれば、「さびさびと」は「いかにも寂しげなさま」を表す副詞と解説されている。
ゆゑしらず歩みひそめつ
「ゆゑしらず」の「ゆゑ(ゆえ/故)」は、原因・理由・わけなどを意味する。
「歩みひそめつ」の「ひそめ」は、動詞「ひそむ」の連用形。「目立たないようにする、ひっそりと静かにする」の意味。
「つ」は、完了の助動詞「つ」の終止形。
「ゆゑしらず歩みひそめつ」全体で、「わけもなく(なんとなく)静かにそっと歩いた」の意味になる。
浅間嶺にけぶり立つ見つ
「浅間嶺(あさまね)」は、軽井沢から見える活火山「浅間山(あさまやま)」のこと。
写真:浅間山の噴煙(2009年4月/出典:ホテル軽井沢1130公式ブログ)
「けぶり」は「煙(けむり)」の古語。「ぶ」と「む」は音変化しやすく、「さむい(寒い)」と「さぶい」、「かぶる」と「かむる」などの変化も同様。
「浅間嶺にけぶり立つ見つ」全体で、「浅間山に煙が立っているのを見た」の意味になる。
いよよしづけし
「いよよ」は「ますます、いっそう」の意味。「しづけし」は、古語の形容詞「静けし」の終止形」
「いよよしづけし」全体で、「ますます静かである」の意味。
かんこ鳥鳴けるのみなる
「かんこ鳥」は、カッコウの別名。「閑古鳥」とも表記される。意味合いとしては、訪れる人や客が少なく、ひっそりしている様子の例えとして使われることが多い。
「のみなる」の「なる」は、断定の助動詞「なり」の連体形。連体形は通常その直後に名詞が来るが、係り結びを受ける場合や、詠嘆的に文を終止したりする際にも用いられる。
世の中よ、あはれなりけり
「あはれ」は、しみじみとした趣(おもむき)や、しみじみとわき上がってくる気持ちを表す古語。「もののあはれ」。
「世の中よ、あはれなりけり」で、「世の中は、しみじみと趣深いものだなぁ」の意味になる。
常なけどうれしかりけり
「常なけどうれしかりけり」の「常なけど」は、「常無けど(つねなけど)」、つまり「無常で儚い(はかない)ものだけど」の意味。
「無常(むじょう)」とは仏教用語で、この世の中に永遠不変のものはないということ。特に、人生のはかなさも意味する。「諸行無常(しょぎょうむじょう)」。
参考:『落葉松』前文について
北原白秋「水墨集」に収録された『落葉松』には、その冒頭で、作者自身による次のような前文が置かれている。詩の解釈にも有用と思われるので掲載しておく。
落葉松の幽(かす)かなる、その風のこまかにさびしく物あはれなる、ただ心より心へと 伝ふべし。また知らむ。その風はそのささやきは、また我が心の心のささやきなるを、読者よ、これらは声に出して歌ふべききはのものにあらず、ただ韻(ひびき)を韻 とし、匂を匂とせよ。
<引用:北原白秋「水墨集」より『落葉松』前文>
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