東風「こち」語源・由来は?

なぜ春の風を意味する「東風」は「こち」と読むのか?

春の風を意味する「東風」を日本の古語で「こち」と読むが、その語源・由来は何だろうか?この点については様々な説が存在する。その主な説について、簡単にまとめて解説してみたい。

東風「こち」語源・由来は?

なお、学問の神様・菅原道真が詠んだ和歌「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花…」の意味や、なぜ東風が春風なのかについては、こちらのページ「東風吹かば にほひをこせよ 梅の花 和歌の意味 菅原道真」で解説している。

ちなみに、南風は「はえ」とも読まれ、全国に伝わる民謡「ハイヤ節」や「あいや節」の語源・由来となっている。詳しくは、熊本県民謡『牛深ハイヤ節 歌詞の意味』のページで。

小風(こち)

小説家・幸田 露伴(こうだ ろはん/1867-1947)が記した『音幻論』によれば、「こち(東風)」とは「小風」のことであるという。

春風のやわらかな漢字が「小(こ)」という文字で表現されているのだろうか。

古典文学では、小風(こち)のように、「風」に「チ」の音を当てる例が見られる。

例えば、清少納言『枕草子』「名おそろしきもの」では、次のように「疾風(ハヤチ)」という語句が用いられている。

名おそろしきもの。青淵。谷の洞。鰭板(はたいた)。鉄(くろがね)。土塊(つちくれ)。雷(いかづち)は名のみにもあらず、いみじうおそろし。疾風(はやち)<以下略>

<出典:清少納言『枕草子』「名おそろしきもの」より>

さらに幸田 露伴『音幻論』では、かつて江戸で「西北の風」を「ハガチ」と呼んでいた例を挙げている。

また、同書によれば、「散る(チル)」という動詞も、「くもる」が「雲+る」であるように、「風(ち)+る」というような理屈で「風」が語源となった言葉であるという。

東の原型「ヒムカチ」

田井信之「語源を探る」(桜書院)の解説によれば、東(ひがし)の語源「ヒムカチ」の上略形「カチ」が「コチ」となり、東の風を意味する「コチカゼ(東風)」がさらに省略されて東風=コチとなったと説明されている。

東(ひがし)の語源については、太陽が登る方角という意味の「日向かし」(ヒムカシ)説が有力。語尾の「し」は「嵐(あらし)」の「し」と同じく「風」を意味している。

「ヒムカシ」を「ヒムカチ」とした場合でも、語尾の「チ」も上述のとおり「風」を意味しているので、同じ意味になるのだろう。

「ヒムカチ」の前半2文字が省略されて「カチ(コチ)」となる点についても、「警察(ケイサツ)→サツ」、「友達(トモダチ)→ダチ」など同様の略語が見られることから、十分にあり得る変化だと思われる。

瀬戸内海の漁師言葉

Webサイト「こよみのページ」の解説によれば、東風「こち」の語源は瀬戸内海の漁師言葉に由来するとする説があるようだ。

東風を「こち」と呼ぶその語源は瀬戸内海の漁師言葉だとする説があります。 瀬戸内には、「鰆(さわら)ごち」「雲雀(へばる)ごち」「梅ごち」「桜 ごち」「こち時化(しけ)」といった「コチ」を含む言葉があるそうです…漁師さんからすると東風は荒れる風の意味が強いようで、あまり歓迎される風ではないようです。

<引用:日刊☆こよみのページ 2008/03/17号より>

ただ、この文章を見る限り、なぜ「こち」という言葉が「東風」に当てられているかの説明にはなっていないことに注意が必要と思われる。

つまり、「こち」という言葉が東風を意味している「使われ方の一例」を示しているにすぎず、なぜ「こち」が東風なのかという語源について明らかにしていない。

仮にこれが語源と説明するのであれば、瀬戸内海の漁師が日本で一番最初に東風を「こち」と呼んだ等の主張が必要になるが、それでも語源の説明にはなっていない。

その他の説

上述の説以外にも、東風「こち」の語源については数多くの説があるようだ。

例えば、暖かい春風は氷を散らす、つまり「コおりをチらす」→「コチ」とする説や、「とても良い吉兆の風」を意味する「哿吉(こち)」を語源と考える説など、もはや言った者勝ち的な混迷の様相を呈している。

筆者の私見では、東(ひがし)の語源「ヒムカチ」説が興味深く感じられるが、皆さまはいかがお考えだろうか?

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