オペレッタの王様『こうもり』は
ハプスブルグ家の象徴だった?
ヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauß II/1825-1899)
『こうもり序曲(Die Fledermaus Overture)』は、ヨハン・シュトラウス2世作曲の1874年に初演された全三幕のオペレッタ(喜歌劇)「こうもり(Die Fledermaus)」で用いられる楽曲。数あるウィンナ・オペレッタの中でも最高峰とされる作品で、「オペレッタの王様」とも称される名作だ。
このオペレッタでは仮面舞踏会で様々な人物が登場するのだが、それらの人物が当時のハプスブルグ家とそれを取り巻くヨーロッパ諸国との関係を暗に描写しているとの興味深い解釈が存在する。オペレッタ「こうもり(Die Fledermaus)」の簡単なあらすじはこうだ。
オペレッタ「こうもり(Die Fledermaus)」前半のあらすじ
ある仮面舞踏会にこうもりの仮装で出かけたフォルケ博士は、さんざん飲んで酔いつぶれ、帰り道の広場で寝込んでしまった。翌日明るくなって、こうもりの仮装のまま寝込んでいるフォルケ博士の周りにはたくさんの人だかり。近所の子供達がつけたあだ名が「こうもり博士」。
実は友人のアイゼンシュタインも一緒に居たはずなのだが、フォルケ博士を置いて帰ってしまったのだ。恥をかいた上に変なあだ名まで付けられてしまったフォルケ博士は、アイゼンシュタインにいつか仕返ししてやろうと密かに企んでいた。そして、ある大晦日の夜の仮面舞踏会で、その時がやってきたのだった・・・。
フォルケの仕組んだ仮面舞踏会の登場人物
フォルケの仕組んだ仮面舞踏会では、国際色豊かな個性的なキャラクター達が登場する。舞台は大金持ちのロシア貴族オルロフスキーの別荘。そこへアイゼンシュタインの妻ロザリンデがハンガリー貴婦人に扮して登場。アイゼンシュタイン家の小間使いは女優と偽ってボヘミア風の踊りや歌に興じ、さらには刑務所長フランクが自らをフランス貴族のシャグラン公と名乗ってあやしいフランス語でまくしたてる。宴ではスペインやスコットランドの踊りも披露されている・・・といった具合だ。
フォルケ=鷹≒鷲=ハプスブルグ家?
アイゼン=鉄=鉄血宰相ビスマルク?
仮面舞踏会の登場人物達は、名前や国に注目してみると、当時のオーストリア・ハプスブルグ家を取り巻く国際情勢を反映したキャスティングになっていることに気がつく。
主人公のフォルケ
まずは主人公のフォルケ。フォルケとは「鷹(タカ)」を表す。そしてオーストリア・ハプスブルグ家の紋章は「鷲(ワシ)」。鷹と鷲は同じタカ科の鳥で、大きさで区別されるほど近しい動物だ。鷲ではあまりに直球すぎるので控えめに鷹を用いたのではないか。
敵役のアイゼンシュタイン
次に敵役のアイゼンシュタイン。アイゼンは「鉄」。鉄といえばプロイセンの鉄血宰相ビスマルク。オーストリアは、1866年6月プロイセンに宣戦布告され、7週間で敗北している(普墺戦争)。オペレッタ『こうもり』が初演された8年前の出来事だ。
ハンガリー貴婦人ロザリンデ
アイゼンシュタインの妻ロザリンデはハンガリー貴婦人として登場する。歴史が示す通り、ドイツに大敗を喫したオーストリアは1867年、ハンガリーと「オーストリア・ハンガリー二重帝国」を形成した。「アウグスライヒ(和解・妥協)」の産物とはいえ、帝国維持の大事なパートナーとして、オペレッタの中でもハンガリーに主要なキャスティングを割り当てたのだろうか。
ロシア貴族オルロフスキー
仮面舞踏会の会場は、ロシア貴族オルロフスキーの別荘。当時オーストリアは、バルカン半島におけるロシアの影響力増大を恐れ、ロシアと交戦中のオスマン帝国を支持したため、ロシアとの関係が悪化していた。
スペインやフランスは脇役?
その他、過去に関係のあったスペインやフランスなどのヨーロッパ諸国が脇役としてちらほら登場する。関係の度合いによって、オペレッタ内の配役の重要性も変わってくるということだろう。
知的で狡猾なコウモリは、ハプスブルグ家そのものだった?
オーストリア・ハプスブルグ家を象徴するものとして、「汝オーストリアよ、結婚せよ」、「戦は他国にさせておけ。幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」という言葉がある。領土の獲得に戦は無用。諸国の王と積極的に婚姻関係を結ぶことで、オーストリアは過去に数多くの国々の領土を難なく手に入れてきた。
オーストリアの非常に狡猾で積極的な結婚政策は、まるで知的で狡猾なコウモリの生態そのものだ。その狡猾なコウモリも、今や鉄血宰相ビスマルク率いるドイツ帝国との戦いに敗れ、憂き目に会っている。武力ではとても太刀打ちできないドイツ帝国に対して、コウモリがせめてもの思いで挑んだウサ晴らしが、このオペレッタ『こうもり』の復讐劇ではなかったのだろうか?