小望月 こもちづき 意味・由来と俳句
月の満ち欠けの名前・呼び方・読み方
満月のことを「望月(もちづき)」というが、望月の前夜(陰暦十四日)の月は「小望月(こもちづき)」と呼ばれる(下写真は満月)。俳句で秋の季語として使われるようだ。
「望月(もちづき)」については、教科書にも載るような有名な和歌が存在するのである程度知名度があるが、「小望月(こもちづき)」については、俳句を嗜む方でなければあまり馴染みがないかもしれない。
筆者もこの「小望月(こもちづき)」について知識が乏しかったので、改めてネットで軽く調べてみたところ、小学館「デジタル大辞泉」で興味深い俳句を発見したのでご紹介したい。
なお、満月を「望月」と表現する意味や由来についてはこちらのページ「望月 もちづき 満月の別名 意味・由来・語源」を適宜参照されたい。
小学館「デジタル大辞泉」の解説
小学館「デジタル大辞泉」による「小望月(こもちづき)」の解説は次のとおり。秋の季語として紹介されている。
望月の前夜の月。陰暦14日の夜の月。
いかにも一般的な「小望月(こもちづき)」の解説となっている。その直後に付された次のような俳句が興味深い。
朝顔に 届かぬ影や 小望月/也有
「也有」とは、江戸時代の俳人・横井也有(よこい やゆう/1702-1783)のことだろう。也有は俳文集「鶉衣(うずらごろも)」の作者として知られ、「化物の正体見たり枯尾花」の句が特に有名。
この句では、どうやら「朝顔」が秋(初秋)の季語として使われているようだ。「小望月(こもちづき)」は満月と比べるとまだ部分的に陰りがあるので、光の角度か光量の加減で「朝顔に届かぬ影」ということなのだろうか。
横井也有と源氏物語
也有の祖父は、『源氏物語』の注釈書である『源氏物語湖月抄』を記した北村季吟(きたむら きぎん)と親交があり、也有は祖父から俳諧の指導を受けていた。
横井也有の「鶉衣(うずらごろも)」には、源氏物語「浮舟(うきふね)」ストーリーをふまえた「摺鉢伝(すりばちのでん)」が収められているほか、「鶉衣」の他の作品でも源氏物語の登場人物に言及するくだりが散見されるなど、『源氏物語』への造詣の深さが伺われる。
源氏物語の朝顔?
さて、也有による上述の俳句を「源氏物語」という視点から眺めてみると、光源氏が想いを寄せた「朝顔の姫君」が真っ先に思い出される。
朝顔の姫君は、桐壺帝の弟・桃園式部卿宮の姫君で、光源氏の従妹(いとこ)にあたる。光源氏は若い頃から長年にわたって朝顔に思いを寄せていたが、朝顔は源氏の恋愛遍歴を知っており、源氏の求愛を拒み続けていた。
也有の俳句にある「朝顔に届かぬ」とは、成就しなかった源氏の朝顔への想いを暗示しているのではないだろうか?
松尾芭蕉は「夕顔」
俳句と源氏物語といえば、松尾芭蕉も次のような句(破調)を残している。
夕顔の白く夜の後架に紙燭(しそく)とりて
松尾芭蕉
夕顔は、源氏物語で光源氏がのめり込んだ女性の一人。夕顔と光源氏の夜の逢瀬を踏まえた内容となっている。後架(こうか/ごか)は禅寺の便所のこと。
ちなみに松尾芭蕉は、横井也有の祖父と親交があった北村季吟の弟子の一人。芭蕉も源氏物語の愛好者だった。横井也有の師・太田巴静(はじょう)は松尾芭蕉の孫弟子。
松尾芭蕉が夕顔を取り上げたので、横井也有はこれを意識して「朝顔」を句に詠み込んだのではないかと勝手に想像しているが、どうだろうか。
影は光源氏?
横井也有の俳句にある「届かぬ影」の「影」について、源氏物語をふまえて考えると、これは主人公の光源氏を暗示しているのではないかと推測される。
そもそも「影」は、「月影」や「星影」など、「光」の意味で使われる場合もある。
源氏物語「葵(あおい)」では、「影」が光源氏を暗示する次のような歌が詠まれている。詠み手は源氏の愛人・六条御息所(ろくじょうみやすどころ)。
影をのみ みたらし川の つれなきに 身の憂きほどぞ いとど知らるる
源氏の正妻・葵の上が、源氏の愛人・六条御息所と賀茂祭(葵祭)の場所取り争いを繰り広げる有名な修羅場のシーン。源氏はこれに気付かず通り過ぎていく。
この歌は、場所取り争いに敗れ大恥をかいた六条御息所が悔しさの中で詠んだもの。光源氏は近くを通ったが気づかず、彼女が見たのは彼の「影」のみだった。
まとめ
横井也有の俳句を再掲するが、この歌を源氏物語の観点から解釈すると、もはや単なる月の光の加減の話ではなく、意中の女性に会いたくてたまらない光源氏の恋焦がれる思いが暗示された恋の歌に一変する。
朝顔に 届かぬ影や 小望月
ここでの「小望月(こもちづき)」の意味は、翌日に満月を控え、満月はまだかまだかと待ち遠しく思う「待宵の月(まつよいのつき)」の如し。
まだ会えない朝顔の姫君に早く会いたいと恋心を募らせる光源氏の落ち着かない気持ちが、この「小望月(こもちづき)」に込められているように感じられる。
以上は筆者の勝手な解釈だが、秋の夜長の戯れに、江戸時代の俳句をこんな解釈で楽しんで見るのもまた一興ではないか。
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