マーチったらチッタカタァ 行進だ♪
童謡『マーチングマーチ』

影響を与えた海外の行進曲とNHK「みんなのうた」について

「マーチったらチッタカタァ 行進だ♪」が歌い出しの『マーチングマーチ』は、1965年10月に発表された日本の童謡。作詞:阪田寛夫、作曲:服部公一。

歌詞では足や靴が擬人化され、「右足くん」と「左足くん」が代わりばんこ(交互)に動き、あたかも両足が意思を持っているかのようなメルヘンな世界が広がっている。この辺は、児童文学作家としてキャリアを積んだ阪田寛夫ならではの表現と言えるだろう。

冒頭の「マーチったらチッタカタァ」については、日本の大正時代に流行したコミックソング『東京節(パイノパイノパイ)』のコーラス部分「ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ♪」の影響が見られる(メロディの類似性も)。

ちなみに『東京節(パイノパイノパイ)』の原曲は、アメリカのマーチ『ジョージア行進曲 Marching Through Georgia』。

【試聴】 ドレミファブック 4より『マーチング・マーチ』

NHKみんなのうた『だれかが口笛ふいた』との関係について

『マーチングマーチ』が発表された1965年10月から5ヶ月前の1965年5月、NHK「みんなのうた」では『だれかが口笛ふいた』が初回放送されていた。

だれかが口笛ふいた』はフランスのマーチ『サンブル・エ・ミューズ(ムーズ)連隊行進曲』を原曲とする日本の童謡で、作詞者は『マーチングマーチ』と同じ阪田寛夫。

両曲は「マーチ」というつながりがあるだけではなく、冒頭のメロディも似ており、同じ1965年で、作詞者も同じという関連性が見出せる。恐らく音楽業界的に何らかの横のつながりがあったのだろう。

60年代「みんなのうた」でマーチ・ブーム?

ちなみに、1964年のNHKみんなのうたでは、海外の曲に「○○マーチ」とタイトルをつけて日本語カバーした楽曲がいくつかあり、1964年8月の『海のマーチ』、1964年10月の『草原のマーチ』、1964年12月の『わんぱくマーチ』(フランス映画主題歌)など、ある種の「マーチ・ブーム」が起きていたことが伺える。

1964年7月放送の『いかりをあげて』は、曲名に「マーチ」はついていないが、その原曲はアメリカ海軍のマーチ『アンカーズ・アウェイ Anchors Aweigh』。

1963年にはイギリスのマーチ『ボギー大佐(クワイ河マーチ)』をカバーした『口笛吹いて』も放送されている。

これらのNHK「みんなのうた」は、単に海外の曲をそのまま日本語カバーしただけのものだが、1965年10月の『マーチングマーチ』は、海外の行進曲を取り入れつつ(影響を受けつつ)も、日本オリジナルの童謡マーチとして独立した作品となっており、その意気込みは評価できる。

ちなみに、『マーチングマーチ』前半のメロディは、1961年の黄桜CMソング『河童の歌』(かっぱっぱー るんぱっぱー♪)にも少し似ている(こちらの原曲はブルガリア民謡『エレンカ』?)

チッタカターとツッタカター

余談だが、80年代の人気バラエティ番組「オレたちひょうきん族」に出演していた漫才師・西川のりお(1951-)のギャク・持ちネタに「ツッタカ坊や」というキャラクターがあった。

ツッタカ坊は、全身白タイツで「おばけのQ太郎」風のメイクが特徴で、マーチングバンドの先頭に立つドラム・メジャー(指揮者)のように、右腕をテンポよく上下に振りながら「ツッタカター ツッタカター♪」と行進していくネタキャラ。

『マーチングマーチ』の歌詞「マーチったらチッタカタァ 行進だ♪」との関係性は不明だが、マーチを象徴する擬音といえば、おそらくこの「チッタカタァ」か「ツッタカター」のどちらかになるだろう(大半は後者か)。

ちなみに、「ツッタカター ツッタカター♪」がしっくりくる実在の行進曲としては、J.F.ワーグナーが19世紀後半に作曲した行進曲『双頭の鷲の旗の下に』が挙げられる。冒頭部分が「ツッタカター ツッタカター♪」と始まるのですぐに分かるだろう。

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