遠い遠い昔 夜の浜辺で
若者ただ一人 竪琴を弾いていた

音楽の教科書に載っていた外国曲『むかしむかし』のルーツに迫る

過去に学校の音楽の教科書で掲載されていた『むかしむかし』という曲がある。歌い出しの歌詞は「遠い遠い昔(とおいとおい昔) 夜の浜辺で 若者ただ一人 竪琴を弾いていた」というもの。

若干重苦しい雰囲気のメロディだが、どこか異国情緒漂う印象的な旋律で、曲名は忘れたが出だしの歌詞とメロディだけはよく覚えているという方も少なくないだろう。

JACRACデータベースを調べてみると…

この『むかしむかし』という曲をJASRACデータベースで調べてみると、作詞・作曲欄には「P.D.」とあった。これはパブリック・ドメイン(Public Domain)として著作権は既に消滅している楽曲であることを意味している。

そして更に見てみると「訳詞 久野静夫」という欄が目に入る。「訳詞」、つまり何らかの外国曲を原曲として日本語に翻訳した歌であることが分かる。それが古い民謡なのか近現代の歌謡曲なのかは不明だが、著作権の消滅した海外の楽曲を訳詞し日本へ輸入した曲ということは確かなようだ。

では、その原曲の外国曲とは具体的にどの曲を指しているのだろうか?気になってネットで検索してみたが、残念ながら具体的な曲名を特定できるような情報に巡り合うことはできなかった。

「見つかりませんでした」で終わってしまうのはあまりに寂しく、また自分でさらに原曲について調査を続けたいという方もおられると思うので、このページでは、外国曲『むかしむかし』の原曲に少しでも近づくべく、関連性の高そうな情報を後学のためにいくつか取り上げてまとめておきたい。

3つのキーワード 遠い昔、外国、竪琴

原曲をつきとめる最大のてがかりは、やはり久野静夫氏が訳詞したとされる日本語の歌詞にあるだろう。原曲の歌詞に忠実に翻訳されているか不明だが、原曲から大きく外れていないことを祈りつつ、『むかしむかし』の冒頭の訳詞を改めて確認してみたい。

「遠い遠い昔(とおいとおい昔) 夜の浜辺で 若者ただ一人 竪琴を弾いていた」

曲名にも歌詞にもあるように、この曲の時代設定は「遠い昔」の話であることが分かる。外国曲ということを合わせて考えれば、これは遠い昔の外国が舞台ということになる。

ここで重要なキーワードとして注目したいのが「竪琴」である。1番の歌詞で2回、2番の歌詞で1回、合計3回も登場している。

遠い昔、外国、竪琴、この3つのキーワードから何が連想されるだろうか?

筆者が想像するのは、古代イスラエルの王で竪琴の名手であったダビデ(ダヴィデ)、ギリシア神話におけるゼウスの息子で音楽の神アポロン(アポローン)、ギリシア神話に登場する吟遊詩人オルペウス(オルフェウス)など、竪琴と結び付けられた古代の神話系の登場人物たちだ。

古代イスラエルの王ダビデと旧約聖書

この中で、外国曲『むかしむかし』(の原曲)と最も関連性が高いのではないかと筆者が勝手に想像しているのは、古代イスラエルの王ダビデ(ダヴィデ)だ。

旧約聖書「サムエル記」には、ダビデ(ダヴィデ)がまだ若者であった頃の物語が次のように書き記されている。当時の古代イスラエル王サウルが悪霊に悩まされていた時、若者ダビデの琴の音がサウルを救った。

神から出る悪霊がサウルに臨む時、ダビデは琴をとり、手でそれをひくと、サウルは気が静まり、良くなって、悪霊は彼を離れた。
旧約聖書「サムエル記」第16章23節より

筆者の結論としては、外国曲『むかしむかし』の訳詞において、遠い昔に竪琴を弾いていた一人の若者とは、恐らく旧約聖書に登場する古代イスラエルの王ダビデ(ダヴィデ)であると勝手に想像している。

確かに、冒頭部分以外の訳詞のストーリーは、ダビデにまつわる物語と直接の関連性はないが、これは恐らく、原曲の外国曲の歌詞は非常に短くシンプルなものであったため、それを日本の子供向けの歌として尺を伸ばすために、訳詞者の久野静夫氏がストーリーを膨らませて日本オリジナルの内容を持った歌詞を追加したのではないかと推測される。

メロディはイスラエル民謡系?

歌詞は旧約聖書の古代イスラエル王ダビデに関連するとして、次はメロディについて想像をめぐらせてみたい。

せっかくイスラエルというキーワードが出てきたので、まずはイスラエル民謡(パレスチナ民謡)系で外国曲『むかしむかし』の雰囲気に似た曲はないかと思い浮かべてみると、それらしい曲がすぐに頭に浮かんでくる。

その曲とは、『Shalom Chaverim シャローム・ハベリム』という比較的有名なイスラエル民謡である。リンク先に解説と視聴があるので、ご興味のある方は確認してみていただきたい。

確かに、曲の雰囲気が似ているというだけで、外国曲『むかしむかし』のルーツとは直接の関係性はないが、同曲のルーツがイスラエルやパレスチナ方面と何らかの関連性があるのではないかと容易に想像できる。

旧約聖書を元にした曲が多いイスラエル民謡

イスラエル民謡は、旧約聖書の記述をそのまま歌詞に引用した楽曲が多く、例えば、日本ではフォークダンスの曲として知られる『マイム・マイム』は旧約聖書「イザヤ書第」第12章、『Hine Ma Tov ヒネ・マ・トヴ(トブ)』では「詩篇」第133篇第1節が曲の内容となっている。

そして、歌詞として引用されるフレーズは非常に短いため、イスラエル民謡として歌われる際には、同じ歌詞が繰り返し繰り返し歌われるケースが多い。

筆者の私見だが、外国曲『むかしむかし』の原曲の歌詞も、おそらく旧約聖書「サムエル記」第16章のダビデに関連する記述が引用されていたのではないかと思われる。

訳詞者の久野静夫氏が日本の歌として輸入する際には、日本の子供向けの歌として宗教的な意味合いを薄めるため、登場人物を固有名詞ではなく抽象化された「若者」とし、さらに非常に短い原曲の歌詞の尺を伸ばすために、日本独自の歌詞のストーリーを作り上げたのではないだろうか?

最後にまとめ

最後に筆者の想像を端的にまとめると、外国曲『むかしむかし』の原曲はイスラエル系の民謡であり、その原曲の歌詞は旧約聖書「サムエル記」第16章のダビデに関連する記述から引用されたもので、訳詞者の久野静夫氏がそれを抽象化して膨らませて日本の子供向けの歌とした、というのが結論である。

原曲に関する情報があまりに少なかったため、筆者の自由な想像でとりとめもなくあれこれと駄文を重ねたが、恐らくは大きく外れてはいないのではないかと勝手に自負している。

ただ、これは冒頭の歌詞「遠い遠い昔(とおいとおい昔) 夜の浜辺で 若者ただ一人 竪琴を弾いていた」という箇所が、原曲の内容に沿ったものであるという前提で導かれる結論であるため、実は「訳詞」ではなく完全なオリジナルの作詞であった場合は、この結論はまったく見当違いのものとなってしまう。

外国曲を訳詞される場合は、訳詞者はちゃんと原曲に関する情報を明らかに明示した方が、その曲に興味を持った方々にとっても有益な情報となると思われ、またこのページのように要らぬ想像を巡らせる必要もなくなるのだが、曲に関する情報がまったくないというのもまた、ミステリアスで知的探究心をくすぐられる楽しい機会を与えてくれているのかもしれない。