オールド・ブラック・ジョー
Old Black Joe

若く陽気な日々は過ぎ去り 友人らも逝ってしまった

『オールド・ブラック・ジョー Old Black Joe』は、1853年にニューヨークのFirth, Pond & Companyから出版されたフォスター歌曲

写真:アメリカのプランテーションで盛んに栽培された綿花畑

フォスターとアメリカ音楽文化を研究した元ニューヨークタイムズマガジンの編集者ケン・エマーソン(Ken Emerson)の著書「Doo-dah!: Stephen Foster And The Rise Of American Popular Culture」によれば、「オールド・ブラック・ジョー」は架空の人物で、ピッツバーグに住むフォスターの義理の父の家で働いていた黒人の召使いがフォスターのインスピレーションの元になっているという。

郷愁と哀愁が漂うメランコリックな曲調

フォスターが活躍した19世紀半ばのアメリカでは、黒人が登場する楽曲と言えば、彼らの滑稽さや愚鈍さをあざ笑うミンストレル・ショーなどが大勢を占めていたが、フォスターは黒人労働者達にを同情的に描写した作品を書き続けていた。

『オールド・ブラック・ジョー』にも彼らへの同情的な心情が反映されているようで、穏やかなメロディの中に郷愁と哀愁が優しく漂うメランコリックな曲調となっている。歌詞の内容的にも、伝統的な黒人霊歌にも通じるスピリチュアルミュージック的な作品と言えるだろう。

【関連ページ】 有名な黒人霊歌・スピリチュアル 歌詞・日本語訳・試聴

【試聴】Sons of the Pioneers - Old Black Joe

歌詞の意味・日本語訳

1.
Gone are the days
when my heart was young and gay
Gone are my friends
from the cotton fields away

若く陽気な日々は過ぎ去り
綿花畑での友人達も
逝ってしまった

Gone from the earth
to a better land I know
I hear their gentle voices
calling "Old Black Joe"

地上から離れ より良い場所へ
彼らの優しい声が聞こえる
オールド・ブラック・ジョー

Chorus:
I'm coming, I'm coming
for my head is bending low
I hear those gentle voices
calling, "Old Black Joe"

<コーラス>
僕も行くよ すぐに行くよ
頭を低く垂れて
彼らの優しい声が聞こえる
オールド・ブラック・ジョー

2.
Why do I weep when
my heart should feel no pain
Why do I sigh that
my friends come not again

何故涙が出るのか
心は痛みを感じないのに
何故ため息をつくのか
友は戻ってこないのに

Grieving for forms
now departed long ago.
I hear their gentle voices
calling "Old Black Joe".

遠い昔に旅立った人影に
深く悲しみながら
彼らの優しい声が聞こえる
オールド・ブラック・ジョー

3.
Where are the hearts
once so happy and so free?
The children so dear
that I held upon my knee

幸せと自由を感じた日々はいずこへ
膝に乗せて可愛がった子らは旅立った

Gone to the shore where
my soul has longed to go
I hear their gentle voices
calling "Old Black Joe"

私の魂が行かんとする岸辺へ
彼らの優しい声が聞こえる
オールド・ブラック・ジョー

研究: なぜ黒人英語が使われなかった?

黒人に関連するフォスター歌曲と言えば、『主人は冷たい土の中に』、『故郷の人々(スワニー河)』などが有名だが、『オールド・ブラック・ジョー』はこれらの曲とは異なり、歌詞に黒人英語(エボニクス Ebonics)が使われていない。つまり、通常の英文法やスペルに基づいた英語の歌詞がつけられている。

故郷の人々』は1851年、『主人は冷たい土の中に』は1852年に作曲された作品。ほぼ同時期の1853年に出版された『オールド・ブラック・ジョー』でも、前者2曲と同じく黒人英語が歌詞に用いられるかと思いきや、通常の英文法・スペルに従った英語で作詞されているのだ。

通常の英語を用いた理由としては、作曲当時の音楽ニーズの変化や、作曲者自身の心境・作風の変化など、様々な要因が複雑に関連していると考えられるが、資料の少ない現代の我々が明確に判断を下すのは若干難しいものがあるだろう。

ただ、これは筆者の勝手な想像ではあるが、歌詞の英語の変化をもたらした要因の一つとして、フォスターの結婚生活における環境の変化があるのではないか。以下詳説する。

結婚生活に悩むフォスターが主人公?

1853年頃と言うと、フォスターは27歳前後。1850年に妻ジェーンと結婚生活をスタートさせていたが、実はもう1853年頃には二人は別居状態にあったという。実際この頃、ジェーンは長女マリアンを連れてピッツバーグの実家に帰っていたようだ。

【関連ページ】 フォスターの結婚生活

これは全くの私見ではあるが、実はこの歌には、作曲当時結婚生活にトラブルを抱えていたフォスターの孤独でやるせない心境が暗に歌い込まれているのではないか、と筆者は勝手に想像している。

『オールド・ブラック・ジョー』の歌詞を見ると、楽しかった日々は過ぎ去り、膝に乗せて可愛がった子も友人もいなくなり、涙が出てため息がこぼれたとある。これをフォスターの結婚生活にあてはめると、楽しかった結婚生活が壊れ、妻と子供は実家へ帰り、一人残された自分はため息をついて涙する、と違和感なく筋が通ったストーリーで読み取ることができてしまうのだから面白い。

つまりこの歌の影の主人公はフォスター自身であり、真の主体はオールド・ブラック・ジョーではなく自分であると考え、だからこそ歌詞の英語もフォスター自身が使う通常の英語で記述された、と解釈することもできるのではないだろうか。

これらの突拍子もない自由な解釈はさておき、フォスターの楽曲は、フォスター自身の人生と重ねながら鑑賞すると非常に興味深い。当サイトの特集ページ「アメリカ民謡の父 スティーブン・フォスター」でも、フォスターの家族や生い立ちなどを簡単にまとめているので、是非ざっと目を通してみていただきたい。きっと今までとはまた違った視点でフォスターの楽曲を楽しむことができるだろう。

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