「ルソーの夢」と「村の占師」を結びつけるもの

むすんでひらいての謎 ドナドナ研究室

実は、この「ルソーの夢」の元歌になっている曲が、「ルソーの夢」が発表される200年ほど前の1788年にすでにイギリスに存在していたのです。

それは「Melissa(以下「メリッサ」と呼ぶ)」という曲で、作曲者はチャールズ・ジェイムズとされており、ピアノ・ハープ・ギターによって演奏される曲でした。

前節8小節、後節16小節の二部からなるこの曲には歌詞もつけられており、愛する人(女性)が去っていった悲しみ・苦しみを歌う内容となっています。

この「メリッサ」は「ルソーの夢」の元歌とされており、旋律も非常に「むすんでひらいて」に似通っています。

ここまでで、「メリッサ(1788)」→「ルソーの夢(1812)」→「見渡せば(1881)」→「むすんでひらいて」という流れが見えてきましたが、ルソー作曲「村の占師」と「メリッサ」との結びつきがまだ明らかになっていません。

この「メリッサ」と「村の占師」が結びつかなければ、「むすんでひらいて」はルソー作曲(原曲)とは言えなくなってしまいます。

さらに、「メリッサ」と「村の占師」を結びつける曲を探していくと、『ルソーの新ロマンス』という曲と、『The Cunning Man(以下「智恵者」と呼ぶ)』というオペラが何らかのカギを握っていることが分かってきます。

『ルソーの新ロマンス』という曲は、ルソー作曲の『村の占師』の(パントミム)の冒頭の旋律を材料にフランスで生み出されたもののようで、「むすんでひらいて」の著者である海老沢氏によれば、これはルソー以外の人間による作品であるそうです(『大英博物館印刷譜所蔵目録』によれば、この『ルソー新ロマンス』の楽譜の出版は1775年パリ)。

『智恵者』は、18世紀のイギリスが誇る音楽家チャールズ・バーニーが、1766年にロンドンの有名な劇場であるドゥルリ・レインで、ルソーの『村の占師』を英語に翻訳しイギリス国民に紹介したものだそうです。このオペラは大変好評を博し、年内に8回もの上演が繰り返されたといいます。

これらの2曲と「メリッサ」の結びつきについては決定的な証拠がなく、海老沢氏もこのどちらが「メリッサ」の元歌であるかについては断定していません。

フランスの『ルソーの新ロマンス』がイギリスに渡って英語による歌曲『メリッサ』を生み出したものか、それとも『村の占師』の英国版、すなわちバーニーによる『智恵者』の中の(パントミム)の楽譜から『メリッサ』が生まれたのかについて明らかになっていないのです。しかし、この2曲のいずれかが「メリッサ」と結びついていることだけは確かなようです。 

「村の占師」から「むすんでひらいて」までの流れ

これまでの「むすんでひらいて」の源流に関する記述をまとめると、ルソー作曲「村の占師」→「智恵者」(または「新ロマンス」)→「メリッサ」→クラーマー作曲「ルソーの夢」→小学唱歌「見渡せば」→「むすんでひらいて」という伝播の流れを辿ってきたようです。こうなると、もはや「ルソー作曲」というのはかなり違和感があり、「ルソー原曲、クラーマー編曲」とした方がしっくりくるような気がします。

次は、ルソー作曲「村の占師」が日本に「見渡せば」として輸入されて「むすんでひらいて」として日本中に広まるまでについて、クローズアップしていきます。

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むすんでひらいての謎 目次

むすんでひらいての謎
むすんでひらいての謎 ★試聴あり
  1. 様々な顔を見せる不思議な童謡
  2. ルソーと「村の占師」
  3. 小学校唱歌 「見渡せば」
  4. ルソーの夢
  5. 「ルソーの夢」と「村の占師」を結びつけるもの~まとめ
  6. なぜ「見渡せば」が定着しなかったのか?その1
  7. なぜ「見渡せば」が定着しなかったのか?その2
  8. 賛美歌としての「むすんでひらいて」
  9. アメリカ民謡としての「ルソーの夢」

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