「ロンドンデリーの歌」は彼女の創作なのか?

ダニーボーイの謎 Danny Boy

ある研究者からはこの「Londonderry Air」はJane Rossの創作ではないかと疑いをかけられているようですが、一方では、ティン・ホィッスル(tin whistle)の販売元クラーク社(Clarke Company)の解説によれば、創設者ロバート・クラーク氏が1840年代半ばに「Londonderry Air」を各地で演奏していたようで、このメロディーがアイルランドに古くから伝わるものであることは確かなようです。

写真:Clarke Company Webサイトより(2016年8月現在)

ロバート・クラーク氏とティン・ホィッスル

クラーク社の創始者ロバート・クラーク(Robert Clarke)は、最初は貧しい農業従事者でしたが、楽器を演奏する才能に恵まれていて、よく木製の笛を上手に吹いていたそうです。

ある日彼はtinplate(ブリキ・板金)を使って笛を作って吹いてみたところ、彼の生まれ故郷であるイングランド東部の北海に臨むサフォーク州Coney Westonの村で非常に評判がよく、彼はその人気の高さを見て、彼が作り出したこのティン・ホィッスルを売り出すことを決意しました。

マンチェスターでビジネスチャンスがあると聞きつけた彼は、さっそく必要な材料や機材を手押し車に詰め込んで、マンチェスターまで徒歩で向かい始めます。

その途中で立ち寄った街で、彼はこのティン・ホィッスルを多くの人に知ってもらうために実演販売を行い、彼の得意とするこの「Londonderry Air」を街の人々に演奏してみせたそうです。いったん彼の演奏が始まると、賑やかだった街もその音色に聞き入って静まり返ったとも言われています。

また彼はその行く先で、水路や線路を建設していたアイルランド人に出会い、彼らにこのティン・ホィッスルを演奏するとともにそれを彼らにも販売していきました。

クラーク氏から購入したアイルランド人達はこれを吹くようになり、祖国アイルランドにも持ち帰っていきました。こうしてアイルランド中でクラーク氏のティン・ホィッスルはその名を知られることとなったそうです。

Jane Rossのメロディーはいつ頃資料に登場するのか?

「Londonderry Air」がJane Rossの創作ではなく、誰もが知っている民謡・古謡だったとすれば、アイルランド民謡系の権威ある歴史的資料の中に「Londonderry Air」のメロディーが記されているはずだと考えるのが自然といえます。

いつ頃のどんな資料に登場するのか?どこにも記述が見つからないのか?追及の手は更に深まります。

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ダニーボーイの謎 目次

  1. 父親の歌?母親の歌?
  2. 法律のできるソングライター
  3. アイルランドからアメリカへ①
  4. アイルランドからアメリカへ②
  5. ロンドンデリーの歌
  6. 盲目のフィドル弾き伝説
  7. 彼女の創作疑惑
  8. 見当たらない彼女のメロディ
  9. 青年の夢
  10. 100曲以上の歌詞

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