火星 Mars
ホルスト組曲『惑星』より第1曲

グスターヴ・ホルスト(Gustav Holst/1874-1934)

『火星、戦争をもたらす者 Mars, the Bringer of War』は、イギリスの作曲家グスターヴ・ホルストによる組曲『惑星 The Planets』第1曲。

1914年7月28日に勃発した第一次世界大戦の直前期に作曲されたことから、当時の不穏な空気が反映されているという。

写真:2003年にアメリカ航空宇宙局 (NASA) が打ち上げた無人火星探査車マーズ・エクスプロレーション・ローバー (Mars Exploration Rover) イメージ図

戦いの様子を暗示するコル・レーニョ奏法

ホルスト『火星』で執拗に繰り返される5拍子のリズムでは、ティンパニに加えて弦楽器のコル・レーニョ奏法が駆使されている。

コル・レーニョ(col legno)とは、弓の毛ではなく棒の部分で弦を打つ(弾く)特殊な奏法。ホルスト『火星』においては、戦争に臨む兵士の足音や武器の触れ合う音を暗示しているようだ。

この奏法は、ベルリオーズ「幻想交響曲」終楽章、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」終楽章、ショパンのピアノ協奏曲第2番(終楽章)などでも用いられている。

【YouTube】火星、戦争をもたらす者(Mars, the Bringer of War)

軍神マルスと火星の関係とは?

軍神マルス(出典:wikipedia)

ホルストの組曲「惑星 The Planets」は西洋占星術から着想を得た作品で、第4曲『火星』には「戦争をもたらす者 the Bringer of War」というサブタイトルが付されている。

西洋占星術において火星と結びつけられているローマ神話の神は、戦争と農耕の神、軍神マルス(マールス)。ギリシア神話の軍神アレス(アレース)に相当すると位置づけられているが、その性格はまったく異なる。

軍神マルスが勇敢な戦士・青年の理想像として慕われ、「武勇」や「闘争心」を象徴しているのに対し、アレスは粗野で残忍、不誠実であり、戦場での「狂乱」と「破壊」を象徴する「荒ぶる神」として畏怖された。

ホルスト『火星』が表現している勇ましくも不穏な空気感は、どちらかと言えば「狂乱」と「破壊」の象徴であるアレスから強く影響を受けているのかもしれない。

火星と3月の名の由来にも

地表の酸化鉄(赤さび)により赤く不気味に見える火星は、その赤い色が戦火と血を連想させることから戦争と結び付けられ、戦争の神マルスの名前がそのまま火星の英語名「Mars マーズ」の語源となっている。

また、3月の英語名「March マーチ」は、ラテン語で「ローマ神話の軍神マルスの月」を意味する「Martius マルティウス」に由来している(3月は進軍と農耕に適している)。

ちなみに、火星のように赤く輝き、火星に接近して見えることがあるさそり座のα星「アンタレス」の名は、その様子がまるでギリシャ神話上の火星の神アレスに対抗(アンチ)しているように見えることから、「アンチ・アレス」=「アンタレス」として命名されている。

男性記号は元々マルスを意味していた?

余談だが、男性と女性を表す「♂」と「♀」の記号は、元々は西洋占星術で使われていた記号で、「♂」は軍神マルスが盾と槍を持つ姿を、「♀」はヴィーナス(Venus)が手に鏡を持つ姿を表している。

これらを分類学上の「♂」(雄・オス)と「♀」(雌・メス)に転用したのは、スウェーデンの学者カール・フォン・リンネ(Carl von Linné/1707-1778)。ラテン語名のカロルス・リンナエウス(Carolus Linnaeus)でも知られている。

リンネは生物分類を体系化し、生物の学名を属名と種小名の2語のラテン語で表す二名法(または二命名法)を考案した功績から、「分類学の父」と称賛されている。

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